聖女による昔語り④
【聖女:ヘンゼルによる魔女に出会うまでの回想】
日記を抱きしめて、アルアリアは泣きだす。
まるで手のつけられない幼い子供のように、大声で、時折しゃくり声をあげて。
14歳だというアルアリア。
あちらの世界では、中学二年生に相当する年齢。
自分が中学二年生の時は、甘やかす周囲に存分に守られて、脳みそを一つも悩ませることもなく過ごしていたというのに。
世界を越えると、いるのか。こんな14歳が。
いや、気付かなかっただけで、あちらの世界にも同じように苦しんでいる14歳はいるのだろう。
見えないだけで、いたのだろう。
あえて宥めることなく存分に泣かせておいてやると、部屋の扉が物凄い勢いで開いた。
「何事ですか、アルブレヒト様!!」
ステラ=シューミーシュ
アルアリアの侍女頭。元、乳母。
箒を振り上げて戦闘準備万全のその壮年の女性は、泣き崩れるアルアリアを見ると箒を放り出してすっ飛んできて、膝をついて彼女の背中をさすりだす。
「どうされたのです、アルブレヒト様。どこかお痛みがあるのですか? 何かお辛いことがあったのですか? それとも…」
キッ、と恐ろしい目でこちらを睨む。
こわっ。そんな目で見られたのは初めて。
状態:殺意
異世界特殊能力は正直だ。
たまらずに両手を上げて降参するけれど、弱々しい声でアルアリアが侍女を呼んだから見てもくれなかった。
「違います。これは、嬉しくて…」
「本当でございますか?」
「これを…見つけたんです」
懐から大事そうに取りだした王妃の日記帳を見て、侍女頭はさっと顔を強張らせる。
「中を…見られたのですか?」
「はい。母の、心です」
アルアリアが顔を上げて微笑むと、侍女頭は何かを決めるようにゆっくりと目を閉じて開いた。
「アルブレヒト様。お話しなければならない事があります…」
状態:決意
ゆっくりと話し始めた侍女の声を背後に聞きながら、そっと扉を開けて、外に出る。
ぱたん。扉を閉じて、廊下へと出た。
「おや聖女様! このような所でどうされたのですか?」
心が洗われたような心地で美しい庭を散歩していると、呼びとめる声があって内心ウンザリした。
アルアリアを見習うようにゆっくりと振り返ると、屈強な大男が立っている。召喚された時に見た顔だ。
あ、異世界特殊能力。名前はいらないよ。
ロンダリア帝国 国王近衛隊隊長
融通の効く特殊能力により、隊長だと分かったのでそれで十分。
「何か私にご用ですか?」
微笑むと、へらりと顔が崩れるのが気持ち悪い。
「いいえ。ただ、殿下とご一緒されているものと思いましたので」
何言ってんだ白々しい。
近衛だか隠密だか知らないが、召喚されてから四六時中見張られている事に気付かれてないとでも思っているのだろうか。
引き攣らないように注意しながら笑顔を保つ。
「殿下はお部屋で休まれていらっしゃいます。私は、ここの花が美しかったのでどうしてももう一度見たくて…」
丁度良く吹いてきた風に髪を靡かせながら、こいつ何か悲惨な過去があるんじゃないか、と思わずにはいられないような寂しそうな微笑みを浮かべる。何にもないけどね。
その時、耳に警報ベルのような音が聞こえ、目の前に文字が浮かぶ
『警戒!:周囲に危険人物』
何だって。周囲を見回すと、周囲も何も、さっきまで話していた隊長が興奮で鼻を膨らませているのに気付いて一歩引いた。
「聖女様! どうか私に御身をお守りさせて下さい!!」
ひっ、と喉から女の子のような悲鳴が漏れ、それがまた隊長を盛り上げてしまったらしい。
がばりと大きな腕を広げて、こちらを抱きしめようとしてくる。
か、勘弁してくれ!!




