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王子による昔語り④

【王子:現在は呪いが解けたグレーテルによる回想】





 私は知らずに息を止めていたようでした。

 コウキ様は私を女だと言いました。いいえ、私は男です。私はアルブレヒト=イルシアータ=ロンダリア。ロンダリア帝国の第一王子なのですから。

 でも、女性だったのだと、したら……。



 ―――それはどんなに、良いだろう、と。



 考えてから、自分の恐ろしい考えにハッとしました。

 男に生まれたのに、よりにもよって女になりたいだなんて!


「何を仰るのですか!!」


 私は、怒らなければいけません。コウキ様に掴まれた髪を振り払い、叫びました。

「本当の事ですよ、お姫様」

 しかしコウキ様はただ笑います。それは今まで常に浮かべていた、人間関係を円滑にするための笑顔ではありませんでした。

 到底、少女が浮かべられる笑みではありません。

 父や、叔父が浮かべるような施政者の笑み。人を見透かす、上に立つ者の笑み。


「あ、あなたこそっ!!」


 混乱の中、閃くものがありました。私は急流で溺れる小さな動物のように、その閃きにしがみ付きました。


「あなたこそ、違うじゃないですかっ!」


 力いっぱい叫ぶと、急に氷を当てたようにひやりとしたものが触れました。

「さすが。才能:天啓 は半端じゃないね。本当に第一王子様だったらこの国は大いに発展したんだろうに。残念」

 私の頬をコウキ様が手のひらで包み込んで、全てを見透かすような目で覗き込んできます。

「見ないでください! やめて!!」

 全力で拒絶すると、コウキ様はあっさりと離れていきました。


 私は急に恐ろしくなりました。

 コウキ様が召喚された時、不信感を持つべきと思った事が脳裏を掠めました。

 得体の知れない人。ずっと沈めていた私の中の何かを引き出そうとする。


 コウキ様は私の怯えに気付いているはずなのに、まるで変わらない態度で部屋に備え付けてある本棚を眺めています。

 ここは元々母が使っていた部屋で、乳母がこの部屋をあまりにも気にするので、父に願い出て割り当てて頂いた部屋なのです。置いてある本たちは、母の蔵書でもあります。上の段には歴史書、取りやすい段に詩集、下の方に隠れるように架空の恋愛を描いた本が置いてあります。

 その本を見たから、私を女だと言うのでしょうか。

 誤解です。本棚の中を母の時代から動かしていないだけなのです


 思わず下を向いてしまうと、目前にすっと一冊の本が差し出されました。

 不思議なことに、これまで一度も目にしたことが無いものです。


「歴史書の段の奥に隠してありましたよ。アル様は一度聞いたら覚えてしまうから、歴史書を見返すことが無く気付かなかったんですね」




 そこにはただ一言、日記、と題がありました。

 すぐ下に書き手の母の名前。


 アルアリア=イシルシュ=エーミィ



 ここには、私の母の心がある。


 ―――そしてきっと、私の違和感の正体も。




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