聖女による昔語り②
【聖女:ヘンゼルによる魔女に出会うまでの回想】
本当に欲しいものは、ただ一つだけだった。
ちょっとだけ怪我をした、幼い日の帰り道。
泣いてすらいなかったのに、目の前に黒塗りの車が止まって、中から長い黒髪の、セーラーの人が降りてくる。
「大丈夫? すぐに手当てをしましょう」
ふわりと、花のような優しい香りと柔らかい声。心配を顔中で表す、きれいな顔。
一つだけでいいんだ。
聖女として召喚して、王子と結婚させると王は言う。
それは、無理だろう。呼んだ方は何もない空間から突然人間が湧いたように思うかもしれないが、呼ばれたこっちはこれまでの人生があるのだ。そう簡単に見ず知らずの人間と子作りしろといわれて納得できるものではない。
どう言いくるめようかと顔を上げて、件の王子と目が合った。
アルアリア=イシルシュ=ロンダリア
王子の名前らしいものが、彼の前に浮かび上がる。
はあ? 一瞬混乱するが、異世界にありがちな特殊設定だろうと流すことに決める。
すると名前は消えて、次の情報が浮かび上がる。
ロンダリア帝国第一王位継承者 十四歳
なるほど。画面をスクロールする気持ちで念じると、また次の情報が上がる。
性別:女
なるほど。なるほどねえ。
王子を見るが、きらきらしい笑顔でにこりと微笑むのみ。王を見るが、自慢の息子を誇るように堂々としていて、まあ知らないんだろうな、と考えると今度は王の前に情報が浮かぶ。
ヨアヒム=イルシアータ=ロンダリア
・アルアリアをアフブレヒトという息子として認識している。
王家の闇ってやつだろうか? 父親が知らないなら母親の陰謀だろうな。
再び眺めた王子は、一瞬姿が滲んで見え、背後に別の人間のホログラムが浮かんだ。
それは王子と面ざしの似た、だが全く印象の違う華奢な少女の姿。
そうか、あれが本来の姿なのか。
すっごいな、異世界。
やっぱり、ここは楽しい世界だ。




