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王子による昔語り① 

【王子:現在は呪いが解けたグレーテルによる回想】




 私が産まれたのは、14年前のロンダリア帝国の春のことです。


 私の母は、現在の国王、当時の第一王子の正妃でしたが、その立場は吹けば飛んでしまうような弱いものだったそうです。

 母の生まれは大貴族の一人娘でした。ですが、当時は魔物の侵略によって国は不安に包まれており、意見の統一と言う名目のもと、国王の権威が大幅に高まっていたそうです。そして国王は貴族よりも、実際に戦いの場に行ける軍部を重用しました。

 貴族はそれに対して不満を表すこともなく、自らの身を守るために屋敷に籠り、私兵を雇って警備を固め、政治の場に顔を出すことは非常に稀となったそうです。

 そんな状況の中、後宮に置き去りにされた母は、大貴族の父親から王へと差し出された、人質のようなものでした。

 大変に心細い思いをされておりました…と私の乳母は涙を浮かべて、当時の様子をよく話し聞かせてくれたものでした。


 しかし、そんな母の人生に転機が訪れました。

 腹の中に、私が宿っている事が分かったからです。

 丁度その頃、魔王を倒す勇者が現れて、国の未来に希望が持てるようになってきた所だったという時勢も手伝い、母に注目が寄せられました。


 父である第一王子も、母の部屋をよく訪れるようになりました。

 そして母の大きなお腹を撫でながら、言ったそうです。

「男が生まれれば、お前は国母だな」

 母は、久しぶりに嬉しそうに微笑んだ、と乳母は言いますが、それは部屋を出る時に小さな声で漏らした父の言葉で、凍りつきました。

「だが女が生まれれば、お前はいらん」


 それはどういう意味なのですか!? 母が必死に尋ねても、父は応えずに部屋を去り、母はあまりのことに耐えきれず泣きだして、侍女に抱きしめられながら三日三晩泣き続けたそうです。

 しかし、涙が乾ききった顔を上げると、突然母はコロコロと笑いだしました。

「わたくしは男の子を産むのよ!」

 楽しそうに、無垢な顔で、母は自らのお腹を撫でて私に語りかけました。

「お前は男の子なの。わたくしは母親ですもの。分かるのよ」

 さあ、早く産まれて来てちょうだい。わたくしを国母にしてちょうだい…。

 母は微笑んでいたそうです。


 それから、母は遠方から様々な薬を取りよせて飲み、香を焚き、祈祷をし始めました。

 男の子が生まれると言われれば、石でもお守りでも、有り余る財に物をいわせて集め、部屋はその手のもので溢れかえりました。

 その様子は鬼気迫り、誰も止めることができない程だったそうです。


 そしてついに、私が産まれました。

 産まれた私は、女。


 母は乳母から私を受け取ると、乾いた目を見開いてしばらく見つめ、ああ、と苦しげに息をつきました。私の体を、何もかもから隠すように強く強く抱きしめて。

 自らの舌を噛みました。母の口からごぼりと血が零れ、私の顔に落ちました。

「…お前は、男の子なのよ」

 侍女たちが悲鳴を上げて私を取り上げようとしましたが、母は決して離しません。

 やがて後宮に仕える騎士たちが取り押さえた頃には、母の命はこの世から離れてしまった後でした。


 そして、乳母へと渡された私の体は、男のものとなっていたのです。


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