聖女による闇魔法講座 初級編と上級編
「もう外も暗いですし、丁度いいですね。今から実践してみましょうか」
闇属性って何ができるの? と、そろって首をかしげる私と息子を見て、聖女が席を立ちました。
そうですね。何事もやってみるのが一番です。夕食も完食しましたし。
グレーテルが食後のおやつを準備して待っていますと送りだしてくれ、私たちは夜の庭に出ました。
今日は綺麗な満月でした。
月明かりと家から漏れ出るあかりで、お互いの姿は良く見えました。
「闇属性で出来る事は、そのまま、闇を操ることです」
そう言うと、聖女の手のひらに黒くて丸いものが浮かびます。
「それが闇、ですか?」
不思議そうな息子が近寄って、聖女から闇を受け取ります。
「柔らかくて、ふわふわしている…?」
興味を魅かれて私も触らせてもらいましたが、何の感触もありませんでした。
「闇に触れるのは闇属性だけなんです。これを、洞窟に満たして方向感覚を奪ったり、灯りを包んで急に真っ暗にしたり。込める魔力次第で、大きくも小さくも出来ますし、無音の空間にすることもできます。大量の魔力が必要になりますが、昼間に日陰を生み出すことも出来ます」
ふむふむ、と頷く私と息子。
「日陰を作るという事は、日光を完全に遮断するということです。赤外線や紫外線まで完全に遮断できます」
おお、と私は声を漏らしました。
人間の肌も家具も本も、日焼けは大敵ですからね。
闇魔法。結構便利かもしれません。
しかし、息子は何か釈然としないようでした。
「あんまり強くなさそう…」
いやいや。剣で撃ち合う敵の目を闇で覆えば、不意をついてかなり有利になりますよ。
息子の不満そうな言葉に、おや、と聖女は笑いました。何というか、人の悪そうな笑みです。
「そう思います?」
とその笑顔のまま、右手をふっと上げました。
「これは魔力無制限を持っていなければ使えないくらい消費量の多い魔法です。
闇、黒というのは全ての色という光を吸収する性質があります。何も無いから闇があるのではなく、全てを呑み込んでしまうから黒いのです。それを応用すると、こんなことができます」
その手をふんわりと下ろすと、水面に水を一滴たらしたように、空気に波紋が広がりました。
波紋は聖女を中心に庭を抜け、森の木々へと溶け込んでいきます。
そして、それまで何もなかったはずの木々の間に、奇妙な姿の男が現れたのでした。
 




