「あなたのことが大好きなんです」
グレーテルは泣き叫びながら息子に抱きつきました。
突然の事態に目を白黒させて息子は慌てますが、無理矢理引き離すこともできずにおろおろと困っています。
「あなたは優しい人だ。魔族のはずが無いでしょう。家族を大切に出来る人が魔王になるはずありません」
ぽろぽろと美しい菫色の双眸から涙がこぼれます。
透明なしずくは息子の緑色の皮膚に落ちて、沁み込んで消えていきます。
「だから、出て行くなんて言わないで。自分のことを悪く言わないで下さい。
私も、ヘンゼルも、魔女さんも、あなたのことが大好きなんです」
息子はぽかん、として、何を言われたか分からないようでした。
やがてじわじわと理解が追いついたようで、顔を真っ赤に染めていきます。
「青春ですねぇ…」
いつの間にか隣に来ていた聖女が、微笑ましいと目を細めて笑っています。
聖女もまだまだ、青春出来る年齢範囲だと思うのですが。
「魔女さん、あれを見て」
指さした先には鏡がありました。魔族が乱入してきた爆風で、カバーが取れて剥き出しになった鏡面に、息子とグレーテルが映っています。
その姿がぶれて、私が息子を拾う十年前の映像が映りました。
小さな赤ん坊は、私がこの手に抱く前は、家の前に布に包まれて置かれていました。置いたのは、黒い魔族でした。魔族は空から飛んで私の家の前に降り立ったのでした。
映像はどんどん巻き戻っていきます。
魔族が空に飛び立ったのはここでは無いもっと遠くの国です。その後ろには必死で追いかけてくる甲冑姿の男たちがいます。魔族は腕に緑の赤子を抱きながら、彼らに見せつけるように背中の黒い翼を広げて空へと飛ぶのでした。
整えられた部屋に緑の肌の赤ん坊が眠っています。部屋には誰もいません。魔族が赤ん坊を抱き上げて、浚って行きました。偶然目撃したメイド服の女性が悲鳴を上げます。
魔族がその部屋に侵入する前、部屋には女性がいました。腕の中にいる黒髪の愛らしい赤ん坊を寝台に寝かせて子守唄を歌います。ひととき席を外した隙に魔族が入り込みました。魔族が赤ん坊を指さすと、赤ん坊の肌は一瞬で緑に染まりました。
それは鏡が映す、真相でした。
息子は魔族に呪われて、姿を変えられていたのです。