「僕、出て行くよ」
「母さん、僕、出て行くよ」
無事に返ってきた息子に安堵の声をかける暇もなく、本人がとんでもないことを言い出しました。
私はおののきます。遅れてきた突然の反抗期というやつでしょうか。
しかし息子が口にしたのは我儘ではありませんでした。
「僕がここにいると良くないことが起きるよ。魔族は僕を陛下と呼んだ。僕、きっと魔王なんだよ」
それは違います。
魔王といえば、言葉は話せても意志疎通の出来ない、残虐の限りを尽くしていた憎むべき害悪です。息子とは似ても似つきません。
確かに、息子が私の元に来た状況は不思議でした。
もしかしたら本当に、あの黒い魔族が、私を魔女と勘違いして置いて行ったのかもしれません。
でも、それは違うのです。
私は息子に手を伸ばしましたが、ふい、と避けられてしまいました。
「だから僕は出て行くよ。僕みたいな醜い子供を拾って育ててくれた優しい母さんに、僕はいつか魔王として目覚めて、すごく酷いことをするようになるかもしれない。そんなのは嫌なんだ」
息子は沈痛な面持ちで言います。
私は、思いました。
もしも息子が世界の敵として覚醒したとして。新たな勇者が召喚されて、戦争が始まったとしたら。
私は、息子を守るでしょう。盾となるでしょう。一の従者となるでしょう。
世界よりも息子が大事です。
でも、息子は魔王にはならないので、そのような、口にしたら息子に軽蔑されそうな利己的な言葉は控えておきます。
「そんなこと、言わないでください!」
だって、息子にはもう、気の置けない友人がいるのですから。




