商売はイメージ勝負
計算違いがありました。
山での暮らしは、家のおかげか畑のおかげか、快適に過ごしているのですが…ああ、そういえば、野生の動物が時折結界に接触してしまったらしく失神している姿を見かけます。
鳥みたいなものは卵要員として、牛のようなものは牛乳要員として、少し広くした庭で飼うことにして、猪や兎のようなものはお肉として頂いています。動物を捌くのはあの一年の戦いで、いつの間にか出来るようになりました。
お肉の事は考えていなかったので、これは嬉しい誤算…なのですが、嬉しくない誤算もあったのです。
それは、私のこの外見です。
日本人の女学生。
この異世界はどうやら『中世ヨーロッパ』と言われるような文化圏に当たるようで、人種的に日本人は幼く見えてしまうのです。
それで何が困るのかというと、まあ…取引の時に、行商人に足元を見られてしまうのです。
実は私の特技は、土魔法の他にもう一つあります。図書館で必死に勉強した、薬草学です。
土魔法はとても使い勝手が良いのですが、『回復魔法』というものは無いそうです。そして『回復魔法』は魔力の消費が激しいので何度も使えるものではないのですが、私が擦り傷のひとつでもすれば真っ先に私に使ってしまうのです。
訓練ですらその状態だったので、本番になったら、他に重症の人がいても私に使ってしまう気がして、それとなく聞いて見たら「何を当然のことを」という様子だったので、血の気が引きました。
そこで有り余る魔力と土魔法を活用した『薬草学』にたどり着きました。
誰かに治療される前に自分の軽い怪我は自分で治してしまおう、と思ったのです。私の魔力を込めた土で薬草を育てると、とても効きの良い薬草が出来上がるのです。
結果的に疲労回復の薬や、気つけ薬、毒消し、麻痺直し、精神安定の薬など、様々な薬を作れるようになり、戦いで仲間の役にも立ちました。
また、本に噛り付くようにして必死に勉強している私を気遣って声を掛けて下さった図書館長と、その奥様である薬草学の権威にも教えて頂いて親しくなれたので、とても良い選択でした。
それで、冒頭の『計算違い』の話に戻るのですが…。
私には現在、お金を手に入れる手段が一つしかありません。行商人に、私の作った薬を売ることです。
そうして、洋服や、生活に必要な小物を売ってもらうのです。
ところが、私の傷薬は行商人には200ロルでしか買ってもらえません。一方で行商人の商品の価格は、洋服は3000ロル、魔力の通った防具としての服は30000ロル、靴下でさえ300ロルなのです。とても生活の足しにはなりません。
前に王都の薬屋で、最も品質の低い傷薬が2000ロルで売られていました。切り傷・打ち身用です。私の傷薬は火傷にも効きますし、飲めば毒や麻痺も治せる万能薬に近いものです。
その説明もしたのですが、私の外見がよっぽど頼りなく見えるのか、信用してもらえません。
まあ、買い取ってはくれるので、まだ良いのかもしれませんが…。
そこで、薬草学で学んだ『老化薬』という薬を作って飲んでみました。
体を一気に老化させ、100歳越えの老婆の姿になりました。いくら日本人が幼く見えても、100歳を超えれば違いも目立たないでしょう。
この姿なら信用してくれるに違いありません。
私は意気揚々と薬を持って、行商人の通るルートで待ちかまえます。
やがてやってきた行商人は、私が初めて薬を売った人でした。今こそリベンジの時です。
大切なのは、勢いです。イメージです。
「すいません。この辺に薬売りの女の子はいませんか? 良く効いたので仕入れたいのですが」
それは幾らで?
と思いますが、どうせまた200ロルです。行商人はいつも同じ金額しか言わないので、何かしらの協定でもあるのかもしれません。
「ひっひっひ」
と私は木の暗がりで笑いました。
せっかく老婆の姿なのです。薬売りの老婆のイメージ。それは―――
「ひっ。魔女!?」
叫んで逃げようとする行商人の手を、力いっぱい掴みます。
逃がしません。
私の薬を買うまでは絶対に逃がしません。
「ワタシの薬はいらんかね? 何でも良く聞く万能薬だよ」
行商人は顔を真っ青にして首を振ります。
ただし、横にではなく、縦に。
あ、買ってくれるんですね?
行商人、という人たちの商魂を甘く見ていました。
「いくらで?」
と聞くと、
「ごひゃ・・・」
と言うのでさらにぎゅっと握りました。
せめて2000ロルで買ってほしいです!!洋服を下さい!
すると行商人はさらに青くなり、
「5000ロルで!!」
「売った!!」
取引が完了しました。
さすがに高く売りすぎたかな、と後で後悔したのですが、行商人はそれからも定期的に何人か通ってきています。
みんな一様に怯えながらも文句も言わずに5000ロルで買っていくので、儲けはちゃんとあるのでしょう。
フェアトレード、大事です。
お互いに気持ちのいい商売をしましょう。
そうしてもう一つ、計算違いがありました。
実は『老化薬』は禁術であったらしいです。呪いの一種なので製作者以外には解けない…と言うところまでは了解済みだったのですが、私が育てた魔力たっぷりの薬草で作ってしまったせいで、使用者にも解けない呪いにグレードアップしてしまっていました。
という訳で、老婆の姿から戻れなくなりましたが、この『計算違い』は特に不自由はしていません。