悪の魔女になろう
さて、息子に勇気を出してもらうため、私は少し意地悪をすることにしました。
「じゃあ呪いも解けたことだし。2人ともそろそろ城に帰るかい?」
なんでも無い風を装って、息子から振り返り、聖女とグレーテルの方を向きました。
驚いてショックを受ける息子を背後に感じながら、にやりと笑います。
さあ、止めないとグレーテルは居なくなってしまうんだよ?
「やだよ!!」
と、しかし叫んだのは聖女でした。
違うでしょ! こんな状況でいきなり放り出す訳無いでしょう!
必死で聖女にアイコンタクトを送ると、息子を見て気付いたようです。
何度もカクカクと小さく頷き、口を抑えて静かに後退しました。
一方、グレーテルは顔色を紙のように白くさせ、息を呑んでいます。
帰りたくないのは一目瞭然。しかし、家主の声には従うもの、と考えているようです。
駄目押しの一言として、私は息子に問いかけました。
「どう思う?」
息子は歯を噛み締めて、何かに耐えています。ようやく口を開いても、自らのゴツゴツした緑の腕を見て、発しようとした言葉を唇でせき止めてしまいます。
行って欲しくない気持ちと、傷つけたくない気持ちのせめぎ合い。
どうして私が育てて、こんなに我慢強い良い子に育ったんでしょう。
例えば聖女なら、「じゃあ魔女さんは寂しくないの!?」ぐらいの切り返しをしてくるでしょうに。
「……わたし、は」
か細い声が聞こえて見ると、グレーテルが泣きそうになりながら笑っていました。
胸を突く、美しい作り笑顔です。
「帰り…かえ、り…ま…」
「待って!!」
息子ががばりと立ち上がりました。
「行っちゃ駄目だ! グレーテル!!」
ドガンッ
せっかく息子が一歩を踏み出したのに。
その叫びをかき消すように、天井が轟音を響かせて崩れてきて、何か黒いものが部屋の中に落ちてきました。
石の欠片が飛び散って私たちを襲い、とっさに庇って防御を展開。何が起きたの!?
 




