吹っ飛ばしてみた
何年ぶりでしょう?お久しぶりです。
砂埃で霞む景色は、風が落ち着くに従い徐々にクリアになってきた。ゆっくりとした足取りで一歩一歩と未だ立ち上がること叶わず蹲る黒い影に近づく。
「ぐ‥‥」
うつ伏せに倒れた若い男は、石畳に置いた手を支えに身体を起こそうとして痛そうに小さく呻いた。手加減したが、どこか打撲ぐらいはしたかもしれない。
「大丈夫ですか?」
「は?!」
いきなり頭上から降ってきた私の声に驚いたようだ。当然の反応だ。彼が瞬きする僅かの間に間合いをわざと詰めてみたのだから。
鬱陶しげな黒く長い前髪の間から、大きく見開かれた蜂蜜色の瞳が見えた。思ったより若い。二十歳を少し過ぎたぐらいだろうか。整った顔立ちだが、どこか冷ややかで神経質そうな印象だ。
「あなたが子供を突き飛ばしたりするからよ」
「何なんだ、お前、何で」
状況が呑み込めないのだろう。独り言のように呟きながら、忙しなく周りに視線を向けている。
やや離れた所には、先程この人が邪魔だと突き飛ばした男の子が尻餅を付いたままだ。最初泣いていたのに、驚いて涙は引っ込んだみたいだ。
スッとしゃがんで彼と目線を合わすと、上半身を起こし座った状態で後ろへ下がろうとしたようだった。だが思い直したように留まり、素早く片手を上げると私に手のひらを向けた。
そこに目映い赤い光が集約する。
私は少しだけ顔を傾けた。その頬の横を光が通って行った。
ドンッと大きな音がして、背後の噴水が壊れ水が溢れ出てきた。
つい舌打ちをしてしまい、彼の手首を掴むと上に捻った。
「う?!」
第二波が青空に放たれたのを見送り溜息をついた。街中で魔法を使うのは、このゼイディア王国では法律上禁止されている。よほど頭に血が上っているらしい。
「あなたねえ、ここ人が多いんだから危ないでしょ」
「は、離せ!」
腕を振り払って立ち上がった彼の肩がわなわなと震えている。やや本気っぽい攻撃をかわされた上に、気が付いたら腕を掴まれていたんだから余程屈辱だろう。
「一体何者だ?さっきから何なんだ?魔法…ではないな?」
問いを無視してポンポンとスカートの埃を払うと、私はまだ座ったままの子供に手を伸ばした。
「びっくりしたね、立てる?」
「あ」
子供がビクッと身体を揺らした。私を見る目に怯えの色が浮かんでいる。もう慣れているので手を下ろすと、ふと妙な違和感を感じた。
「これは……」
「おい!聞いてるのか?何者だ?名を名乗れ」
「…うるさい」
「何だと?」
後ろで一つにまとめた淡い飴色の髪が首にまとわりつくのが鬱陶しくて荒く払う。
その隙に子供が走って人混みの中に消えていくのを見届けると、落とした女性用の帽子を拾い、深く被ると背後を一瞥した。
こちらを検分するように彼は睨んだままだが、攻撃は止めたようだ。
彼の姿を見たのは今日が初めてだったが、私は彼の評判を知っている。先程の魔力量や詠唱を省いて公式を練り機敏に発動させた様子からして、天才と噂される魔法使いに違いない。
まあでも気分は悪くない。傲慢そうな彼の鼻をへし折ったのだから。
ふふ、と笑うと、馬鹿にされたと思ったのか彼は顔を赤くした。
「クソッ、こんな女に…おい!」
「皆見てる、あなたもここから立ち去りなさいよ。今日のことは気にしないで忘れて」
「は?おま…!」
どうせもう会うこともないだろう。住む世界が違うのだから。
スカートの裾を掴み、民家の屋根にヒョイと跳び上がると下からどよめきが聴こえた。
「お、お前何なんだ!待てと言っただろうが、本当、一体、クソッ覚えてろよ!絶対許さないからな!」
無駄に恨みを買ってしまった。
踏みしめた屋根からもう一度跳び上がると、並の人間には私が一瞬で消えたように認識しただろう。
不可思議なこととして、しばらくは取り沙汰されるかもしれない。だが信憑性もないネタなどその内忘れ去られていくものだ。
風のように流れ行く景色を横目に、私はいつものように楽観的だった。
私にも抗えないものがあるのだと知るのは、かなり後になってからだった。
それは「縁」
或いは「執着」
お仕事忙しいので不定期で書きます。




