見栄を張りまくる大噓つきの没落令嬢は、いかなる嘘をも見抜く公爵令息にも見栄を張る
セレーナ・テンペスタスは没落令嬢だった。
祖父の代で事業を大失敗、貴族でありながら大借金を抱えるはめになり、王家に肩代わりしてもらう。その代わり、貴族としての位はそのままに、領地は全て没収される有様となった。この処置は温情というよりは、「名ばかり貴族として生きていけ」という見せしめ的な意味合いが大きいとされる。
伯爵家でありながら領地も領民もない――こんな恥辱に耐えられず、一族の者たちの多くがテンペスタス家と縁を切り、平民としての人生を歩むことを選んだ。中には成功した者もいる。
しかし、セレーナの一家だけは、どうにか王都に踏みとどまり、テンペスタス家を存続させていた。
そんなセレーナであるが、夜会の類には積極的に出席する。
背中まで伸びたあでやかな金髪、瑠璃色の瞳、真紅のドレスを纏った彼女は、容姿そのものは目を引く存在だ。
セレーナは自分をアピールし続ける。
「私の家には、使用人が100人おりますのよ!」
「このドレス、有名な職人に仕立てていただいたオーダーメイド品ですの」
「天蓋付きのベッドで眠ると、睡眠の質も向上しますわね」
没落貴族にしては、ずいぶんと景気のいい話を連呼する。
――もちろん、全部嘘である。
使用人はウッドという青年一人。ドレスは馴染みの洋服屋で布を安く購入し、自分で仕立てている。ただし出来栄え自体はなかなかのものだ。ベッドはただの木のベッドである。
彼女の大嘘アピールは止まらない。
「我が家の広大な庭園には花が咲き乱れておりますわ」
10歩も歩けば横断できてしまうような、猫の額程度の庭である。ただし、小さな花壇は実在する。
「昨夜は野外オーケストラを堪能しておりましたの」
草原で虫の音を聴いていた。
「我が家で開かれた盛大な誕生パーティー、楽しかったわぁ……」
セレーナの誕生日には家族プラス使用人で、小さなホールケーキを囲んでささやかなパーティーを行った。楽しかったこと自体は嘘ではない。
では、周囲はこの嘘を信じているかというと、むろん信じている者など一人もいない。
冷ややかな目で彼女を見つめる。
「またやってるぜ、あの女」
「あの子の家の実態なんてみんなに知れ渡ってるのにねえ」
「貴族としてのプライドを捨てられない女……哀れだよな」
セレーナはそんな陰口など気にせず、今日も見栄を張り続ける。
彼女の自宅には小さなランプしかないが――
「家には大きなシャンデリアがありますのよ!」
***
レイゲン・シュネーヴはどんな嘘をも見抜ける令息だった。
さらさらの銀髪、切れ長の眼、すらりとした体型でグレーのスーツを着こなし、名門公爵家の嫡子に相応しい容姿をしている。
しかし、その黒真珠のような瞳は残酷なほど鮮やかに真実を暴いてしまう。
「本日はレイゲン様に会えるということで、緊張で一睡もできませんでしたよ」
「たっぷり8時間は睡眠を取ったようだが?」
「うぐ……!」
このような軽い嘘を見抜くのは日常茶飯事。
「これ、私の手作りクッキーですわ!」
「いい味だ。ただし、作ったのは君の侍女だろうがね」
「なんで分か……あ、いえ……!」
アプローチをかけてくる女性の嘘もお見通しだ。
「屋敷の補修工事は、お抱えの業者より、こちらの業者にした方がよろしいかと」
「で? その業者から君はいくら貰える手筈になっているんだ?」
「そ、それはっ……!」
部下の不正もあっさり見破ってしまう。
別に超能力などではない。
レイゲンは生まれながらに人の些細な動作や体の反応などを鋭敏に感知することができ、それと本人の頭脳が合わさり、「相手が嘘をついているか」「ついているとするならどんな内容か」をいともたやすく見抜いてしまうのだ。
この能力は年齢とともに鋭さを増していき、先日は大規模な汚職事件を解決してしまった。
誰もがその力を恐れるようになり、『レイゲン・シュネーヴの前に立つことは、この世のなによりも勇気ある行為だ』などという格言めいたフレーズまで生まれてしまった。
しかし、当のレイゲンはなにも気にすることなく、今日も嘘を見抜き続ける。
「君がクラシックのコンサートに行ったのは本当のようだが、大半は眠ってしまっていたようだね」
「お、おっしゃる通りで……」
***
テンペスタス家の自宅に、夜会の招待状が届く。年に一度クラスの、かなり大規模な夜会のようだ。“一応貴族だから”招待されたような格好だ。
セレーナはもちろん行くことにする。
そんな娘に父はこう告げる。
「セレーナ、お前が我が家のために頑張ってるのは分かる。だが、無理はしなくていいんだぞ」
「無理なんてしてないわ。私は楽しんでいるもの」
「しかし、見栄を張るのも限界があるだろう」
「限界なんてないわ。見栄を張ってこその貴族よ、お父様」
家族はセレーナを止めることはできないと悟る。
すると、使用人のウッドが――
「頑張ってください、お嬢様!」
「ええ、いつも使用人100人分働いてくれてありがとうね、ウッド」
セレーナは夜会への期待に胸を膨らませ、高笑いをした。
***
夜会当日。
会場となる王都のホールには、国中から大勢の貴族が招かれていた。
没落令嬢セレーナは、お手製の真紅のドレス姿で、こんな一流の場でも堂々といつも通り振る舞う。
「どのお料理も美味しいですわね。ただし、我が家でも毎日極上の料理が振る舞われておりますから、驚くほどではありませんけど」
テンペスタス家で料理をしているのは、だいたいセレーナかセレーナの母である。
周囲の冷たい視線は、もはやマンネリ芸を見せられている観客のようだ。
さてそんな中、会場にレイゲン・シュネーヴが現れる。
公爵家の跡取りであるレイゲンは大勢の令息令嬢の目を引くが、彼に話しかけられる者はなかなかいない。
なにしろ『レイゲン・シュネーヴの前に立つことは、この世のなによりも勇気ある行為だ』と言われる男なのだ。
彼の眼にかかれば生半可なお世辞など即座に見抜かれるし、下手に会話を交わそうものなら、墓場まで持っていくレベルの重大な秘密を掴まれてしまう恐れさえある。
夜会に公爵家嫡子がいながら、誰も近づけない。そんな異様な状況に挑んだのは、セレーナ・テンペスタスだった。
二人は初対面――レイゲンはセレーナを知らないが、セレーナはレイゲンをよく知っていた。
セレーナはカーテシーを披露すると、臆せず問いかける。
「セレーナ・テンペスタスと申します。あなたのことはよく存じておりますわ」
レイゲンはその黒真珠のような瞳でセレーナを見つめる。
「あなた、確か嘘を見抜くのが得意なようね」
レイゲンは答えない。じっとセレーナを見据えている。
「だったら、私の嘘も見抜けるのかしら?」
セレーナはいつものように自分の誇大アピールを始める。
「我が家には使用人が100人もおりますの!」
「私が今日纏っている香水……超一流ブランドのものですのよ」
「お父様からは毎月湯水のようにお小遣いを貰っておりまして、使うのも苦労しますわ」
なにもかもが見栄。なにもかもが嘘。
日頃セレーナを冷ややかに眺める者たちですら、どこかいたたまれない気持ちになってくる。
昆虫のカマキリが、獅子に鎌を振りかざすような滑稽で哀れな光景だった。
アピールに一区切りがつき、レイゲンはようやく口を開く。
「……驚いたな。どれもこれもが嘘。それも大嘘だ。こんな嘘つきに出会ったのは初めてだ」
セレーナは満足げな表情をしている。
彼女からすれば公爵家嫡子を驚かせただけで、十分な戦果なのだ。
ところが――
「だが……その心に“嘘”はない」
「え?」
予期せぬ反応に、セレーナもきょとんとする。
「君の話は全て嘘だが、使用人が100人いるというのは、君の家にたった一人いる使用人を100人分の価値があると認識しているからだろう。他のこともそうだ。君は今の生活に満たされていて、誇りを持っており、だからこそいくらでも装飾ができる」
セレーナが褒められる方向に話が進み、周囲はざわつく。
なにより一番戸惑っているのは他ならぬセレーナであった。
「人間誰しも嘘をつく時は、相手を出し抜こうとか、後ろめたさとか、そういった心の動きがあるものだ。だが、君にそういったものは一切ない。これほどまでに美しく嘘をつく人は初めてだ」
美しいとまで言われ、セレーナはあたふたする。
「私はただ、見栄を張っているだけで……」
「それだ」
レイゲンの目がにわかに輝きを帯びる。
「“見栄を張る”というのは貴族の本質だ。まだ国や法などない時代、貴族の先祖とされる人たちは『私は神の化身だ』『自分についてくればたらふく食わせてやる』『どんな地位でも与えてやる』などと根拠もなく自信満々に大きなことを言って集団を結成し、勢力を拡大していった。それぐらいしなければ、誰もついてこないからね」
さらに続ける。
「こんな事例もある。ある没落した騎士はその日の食事にも苦労する有様だったが、自分の剣だけは決して手放さず、それどころか丁寧に手入れをし続けた。せめてもの見栄だったのだろう。しかし、おかげである戦争で大活躍をし、華々しい地位に返り咲くことができた」
レイゲンはセレーナをじっと見る。
「貴族とは、自分がどんな立場に置かれようと、自分を誇らねばならない。自信たっぷりであらねばならない。君にはそれができている。まさに貴族の鑑といっていい女性だ」
「……褒めすぎじゃありません?」
「いいや、これでも足りないぐらいだ」
いつになく多弁で情熱的なレイゲンに、会場中が呆気に取られる。
セレーナとしては、嘘を見抜くと評判のレイゲンに堂々と大嘘をつき、レイゲンをうろたえさせたかった。「公爵家嫡子をうろたえさせた」という土産話を家族に持ち帰りたかった。
しかし、話はどんどん思わぬ方向に進んでいく。
「嘘を見抜くと言われる私が本音で話さないわけにもいかないだろう。だから、はっきり言わせてもらう。私は君が気に入った。好意を抱いている」
「え……」
「私と交際してくれるなら、君の家に便宜を図ってあげようと条件を突きつけることもできる。だが、それは君への侮辱に他ならない。だからそういったことは抜きで、私と男女の交際をしてもらえないだろうか。セレーナ・テンペスタス」
いかなる嘘をも見抜く令息からの、あまりにまっすぐで唐突で正直すぎる告白。
これには常に見栄ばかり張っている誇り高き令嬢も――
「は、はい……」
顔を赤らめてこう答えるしかなかった。
程なくして、二人は交際の末、結婚。
嘘つき令嬢と嘘を見抜く令息のまさかの結末に周囲は驚くも、「運命的な二人だったのかもしれない」と温かく評価する声も多かった。
公爵家と縁ができたテンペスタス家を王家としても無下に扱うわけにはいかなくなり、再び領地が与えられることとなり、テンペスタス家は再興への道を歩み始める。
公爵家に嫁いだセレーナは、これまで自身が見栄として言い続けてきた「使用人が100人」「有名職人の作ったドレスを愛用」「天蓋付きのベッド」などを本当に体験してしまうことになるのだった。
さて充実した日々を過ごすセレーナであるが、ある日、愛する夫にこう言った。
「レイゲン、あなたと出会えて、あなたを夫にできて、私はとても幸せだわ」
「嬉しいよ。私にはそれが君の本心だと分かる」
セレーナはこうも付け加える。
「だけど、あえて不満を挙げるとすれば……今の生活には、かつてのように見栄の張りがいがないことが少々物足りないわね」
レイゲンは黒真珠のような瞳で妻を見据え、微笑む。
「それも紛れもなく君の本心だね」
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。




