タイムマシン発明者の嫁
「う…」
「あなた。。。」
「ああ。今まで有難う。最後の願い……を…」
夫の最後の願いは誰にも聞き取れなかった。
虚しく響く心音を示す単音。私はガックリと項垂れ涙を流した。
まあ、辛い別れは必ず来るもので、年の離れた高齢の夫を持つ身としてはある程度覚悟していたことだ。
夫は高名な科学者だった。
私と結婚する前にいくつか凄い賞を貰っていた。とても活力のある人で止むことない探究心を追い続け、死が目前にあろうと空くことなく枕元には同志たちと話し合っていた。
ただ唯一、勉強一辺倒だったあの人が見せた性の興味がワタシだったらしい。
夫が57歳。ワタシは18だった。
交際を申し込まれ半年後に結婚した。
イロイロ世間を騒がせはしたが、夫婦としては普通だったと思う。時間が経てば皆慣れていき、子供も早く出来たし、両家とも喜んでくれた。
でも、やはり、別れは早く来てしまった。
あれから27年しか経っていない。まだ私は出会ったあなたの歳さへ越えて居ないというのに。
ーーーーーーー
「あーあ、つまんないわあ」
「お母さん…不謹慎なセリフやめろよ」
「だって。あの人が居ないなんて。私すること無いんだもの」
ある程度覚悟していた。だからまだ数週間しかたってないのに、湿っぽさは表向きもう感じられない。
夫は最後の数年は何か新しい思いつきに没頭し、無理をしているのかドンドン老けていくようにも見えた。でも活力だけはみなぎっていて、目の輝きはまるで10代の若者みたいだった。
だから気づくのが遅れたのだ。夫は過労で研究所で倒れた。なのに目が覚めた病院のベッドの上で、長男に録音を頼み、自分の研究内容について語った。
それが終わると今度は研究仲間も呼び出した。
「あの人は、本当に変わらなかったなあ」
思わず頬が緩む母を見ながら、長男は年の差があっても仲が良かった両親を内心嬉しく、そして1人になった母を少し心配している。
だけどすでに家を出ている子供たちと一緒に住もうとはならなかった。
週末にこうして会いに来る数は増えたが、「今は別々がいい…」と言うのは皆同じ意見だった
数カ月が過ぎたある週末に、実家を訪ねると母が髪を切って若々しくなっていた。ダイエットと言いながら軽くストレッチなどしてる。
大分元気になった。
どうしたのかと聞いたら、真顔で「…ファンになっちゃったの」と興奮気味にロックスターの話をはじめる。
「30年以上前からデビューしてたのに、全然聴いたことなかった。でもたまたま見た動画でハマっちゃったのよーー」とはしゃいでいる。
そして言った
「ワタシ、この30年分の彼が見たい!行ってくる」と。
次の週末、母の時間旅行に付き合う事になった。
父が最期に語った研究はタイムマシンについてだった。そして自分で試すほどになっていたらしい。ただ父は愛するものが居るなら使わない事だと言った。
だからあの録音は自分たち家族しか聞いていない。
母は古いお金を数千円と何やらメモを持っている。
「ちょっとズルするの」と笑って見せた。
どうやら35年前に行って競馬したお金でライブ回りをするらしい。「緊張するわ」と言いながらマシンを起動すると気配が消えた。
父の才能に嫉妬しつつ、こんな大発明をこのままに、、、と悩むこと3時間。
ふと、マシンが動くと、母が帰ってきた。
「す⋯⋯っごい良かった!めっちゃ楽しかった!もーローリー様最高過ぎるの!」
と大興奮の母を見て、取り敢えずは父の形見であるこのマシンを母から奪うのを止めようとおもう。
其れからは毎週末。母はローリー様の追っかけをするため過去に飛ぶ。
帰ってくるたび「疲れた、でも楽しい。止められない止まらないー」とテンションが上がっている。
「はあーーキツいっ。だって周りみんな10代とか20台よ。みんな元気だわあ。」
「お母さんも十分若いよ」
「まあ気力じゃ負けんわ」といってワハハと笑う母は本当に若返って見えた。
もう何回目だろう。今週もお化粧したは母は、踊れる格好でマシンを稼働した。
こないだ帰ってきた時は号泣していた。「解散コンサートだったからあーーー」とのことだ。
一度過去に行くと、結構忙しいらしい。お金の調達や情報集め。難しいのは出演しているテレビをどうやって見るのからしい。深夜番組帯はホテルに泊まったりもしないといけないと言っていた。
まあ当時の知り合いとかに頼んだりしてなくてよかったよ。
そしてふと違和感があった
「お母さん痩せた?」
「うん。ダイエットしてるからね!だってロックしてる人ってスレンダーでカッコいいんだもん」
母が、過去に追っかけをしだして1年がたとうとしている。そして息子は止めなかったことを後悔していた。だけどヤメロと言うにはもう遅いとも思っていた。
母は今日も元気にロックライブに出かけていく。
もうだいぶ近代に近づいてきたらしいが。格好良さが変わるだけで好きだという気持ちは増すばかりらしい。
「ただいま!」
帰ってきた母は2年前と比べて小さくなっている。複雑な目で見てくる息子に笑いかけながら「ごめんね、今日でもう終わりにするから」といってマシンの電源を落とした。
「あー疲れちゃった」
と椅子に座って温かいお茶を飲む母。
「でもこのごろのライブはさあ、全席座れるから本当に助かる〜。あ、立って踊りたくなっちゃう時もあるんだけどさ、やっぱ年取るとねー」
口調は2年前と変わらず軽いが、母はこの2年でおよそ30年間ほどの年を取った。
少し考えれば当たり前だ。こっちで数時間待っているのと違って、母は過去で数時間〜数日過ごして戻ってきている。何倍もの長さの時間を過ごすのだ。
「なんで」
とやっと母に聞けた
「だって、つまんないんだもの」
と父が亡くなって少し経った時と同じセリフを言った。
「まだ足りないけどやっと少しはあの人に近づいたわあ」
「僕には2年だけど、約30年経ってもお父さんの事好きなの?」
「うふふふ。そう。ローリー様にもそりゃ恋したし、ローリー様の結婚の時なんて本当に胸が痛くなったけど。忘れれないわあ」
やはりこの両親を嬉しくも思うし悲しくもなった。
「お父さんの言ったこと覚えてる?」
「何をかしら?」
お茶を飲みつつ応える母に聞いた
「”愛するものが居るなら使わない事”」
母は答えない。
「お母さん」
「ええ」
「覚えています。でも解釈の違いね。其れはあなたたちに言ったものよ」
「どういう事?」
「そのままよ。愛する人が居たら使っちゃだめ。でもあの人が、ワタシに言ったのは最後のお願いの方」
「最後の?」
聞こえなかった声
「ええ。”ずっと好きでいて”プロポーズもそうだった。あの人もずっと変わらなかった。ワタシも変わらなかった」
「そっか」
長男が自分の家に帰る時に兄弟に連絡をした。僕らは覚悟して置かないといけない、と。
たまに会うと、つまらないわあという母は、頻繁にライブに行く。そして目を輝かせてグッズのTシャツをきて帰ってくる。
きっとロックなおばあちゃんだと思われてるわ。ローリーさんより年下だったのに。うふふふ。
歳をとることは母にとって待ち遠しいことだったのかもしれない。
何も後悔してないわ。と笑っていた。
恋をするのは2人で精一杯だわあ。と言って目を閉じた。
僕らはきっとタイムマシンは使わない。
好なロックスターを想いながら書きました。
恋愛と恋は違うそうで、彼女は生涯2人に恋して、成就し愛までいったのは1人という事。
普通は沢山の恋のあとに恋愛があるかもしれないけど、ひっくり返ることがあってもおかしくないと思う。