家族や兄弟みたいな存在2
ぼくらの間に沈黙が降りた。
いつも、ぎゃーぎゃー口ゲンカをしてるから、こんなふうにお互い何も言わない状況は、まずない。
すごく気まずいし、変な感じがしてモヤモヤする。
隼人は、なんだか思い詰めた顔をして口をつぐんでいた。
また、ぼく、何かやらかしちゃったのかな? と不安で胸が一杯になって息もできないくらいに苦しくなる。
「毎日毎日、勉強勉強で、そんな彼女を作る暇なんてねえよ。それに俺が好きなのは動物だぜ?」と、おどけた調子で言う。「獣医になって病気で苦しんでる犬や猫、カナリアや文鳥なんかを助ける。そのために大学行きを目指してるんだから、恋人なんて二の次、三の次だ」
いつもの隼人に戻ってくれた。
それだけで、ぼくの中のポメラニアンはヘケヘケ笑顔になって尻尾を左右に振る。それに引きずられるようにして、ぼくも笑顔になった。
「そうだよね! 獣医になるのが、きみの夢だもんね!」
「ああ、そうだよ。ほら、帰ろうぜ?」
「うん!」
好きな人と同じ時間を過ごせて言葉を交わせる。大好きな笑った顔を見られる。
それだけで、いやなことなんて全部、どこかに吹っ飛んじゃうんだ。
心臓が高鳴り、頬が熱くなるのを感じながら、ぼくは緩む口元を隠すようにバイクに跨る隼人の背中に抱きついた。
バイクが発進し、エンジン音がする。
駅前では無言でいるのが苦痛でしょうがなかった。
でも今は違う。風を切っていくのを肌で感じているこの時間が永遠に続けばいいのに、って思ってるんだ。
楽しい時間や、うれしい時間が、あっという間に終わっちゃうのは、なぜだろう?
すぐに家の前に着いてしまった。名残惜しくて、ぼうっとしていれば「疲れてるんだろ? さっさと風呂入って布団の中で寝ちまえよ」と声を掛けられる。こころなしか声色がやさしいと感じてしまうのは、バイクに乗って気分が高揚しているからだろうか?
「うん……ありがと、隼人」
ぼくは、眠くてうとうとしているフリをしながら、ストレートに思っていることを告げる。
すると隼人は目をしばたき、鼻の頭を指で擦った。
それから手袋を取って、ぼくの額に手をあてた。バイクを運転していたからか少し、ひんやりしていて気持ちいい。
ぼくは目の前にある隼人の陶器みたいな肌,形のいい鼻、きれいに整えられた眉毛と涼し気な目元を観察する。
かっこいいな……そう思っていれば、熱いお湯に浸かってるみたいに頬や身体がどんどん熱くなる。
「めちゃくちゃ熱いじゃん!? 今すぐ部屋入って寝ろ! なんなら無理せず明日、休め!」と隼人が卒倒する。額に置いてあった手が離れてしまうのが、さみしい。
「もう元気だから平気だよ。隼人ってば心配し過ぎ」
「いーや、絶対におかしい! いつものおまえなら、もっと俺に対してブーブー文句たれて、口やかましいポメラニアンみたいにキャンキャン鳴くだろ!?」
ポメラニアンという単語が出て一瞬、息をするのを忘れた。
途中で、ただの比喩だと気づく。だって隼人は、ぼくがポメラニアンになることなんて知るよしもないんだから。
「きみって本当に失礼なやつだな! ぼくは、きみが迎えに来てくれて、すごくうれしかったから、お礼を言っただけなのに」
「俺に送り迎えしてもらいたいわけ? 便利だから?」
「違うよ。……きみの側にいられるから」
変なことを言ったわけでもないのに隼人は目を丸くした。
「顔を合わせると、いつもケンカばかりになっちゃうのが本当は、いやなんだ。ぼくも高坂さんたちみたいに、きみと普通に話したいのに、ついムキになっちゃって売り言葉に買い言葉になっちゃう。でもバイクに乗ってるときは、そうじゃないだろ? 何もしゃべらなくても、きみの側にいられてケンカをせずに済む」
「渉……」
なんでだろ、どうして今夜はこんなふうに普通の友だちみたいに話せるんだろ?
もう隼人のことを好きだと思う気持ちを心の奥底に封印しなくちゃいけないって、わかってるからかな。
ポメラニアンになるぼくのことを受け入れてくれるマスターやパートナーと出会って、ぼくの中にいるポメラニアンを満足させてあげる。
ぼくは人間として生まれてきたんだから犬になって隼人に愛されることを考えちゃいけない。
「きみと会えて――きみが迎えに来てくれて、すごくうれしかった。たとえ、お母さんに頼まれて、いやいや来たんだとしても隼人の顔を見たら、ホッとしたんだ」
「なんだよ、それ?」
訝しげな顔をして隼人が眉をひそめる。
「朝のこと結構堪えたし、ちょっと仕事でもいやなことがあったんだ。つらいなって思ったけど、きみと話したらなんだか、すっごく小さなことで悩んでたなって思って元気出た。――じゃあね、隼人、おやすみ!」
玄関へ向かっていると、隼人から「渉」と呼びとめられる。
「どうかしたの?」
「俺に彼女のことを聞いてきたけど、おまえこそ、どうなんだよ……」
「どうって?」
頬が熱くなるのをうつむいてごまかしながら、家の鍵をさがす。いつもはカバンの前ポケットに入れているのに、こういうときに限って見あたらない。
「おまえこそ、好きなやつとか、恋人とか、いるのかよ?」




