外面のいい男4
「それは、わかっていますけど……」
「後、やはり守護者である私としては一日も早く犬伏くんと相性のいいご主人様か、伴侶を見つけるべきだと思います。このままでは犬伏くんが可哀想で見ていられません。穂積くんと何かあるたびにポメラニアンになって、人間に戻るまでにかかる時間も伸びる一方です」
(渡辺先生……)「クン……」
「わかっています。とりあえず渉は病院へ連れていくことにしますね。主治医の先生の指示を仰いでから渡辺先生にも今後のことについて、ご連絡します」
「お待ちしております」
タイミングよく渡辺先生が白衣に入れていたスマホが鳴る。先生は画面をタップしてスマホを耳に当てる。
事務の方が「犬伏くんの靴を裏口のほうへ移動しました。急いでください」と言っているのが聞こえてきた。
「はい、承知しました。今、そちらへ向かいます。それでは行きましょうか」
僕のリュックを持った渡辺先生が先頭に立ち、生徒や教師と鉢合わせないようにしないよう様子を見ながら、お母さんとぼくを裏口まで連れて行ってくれた。
銀色のドアノブを先生が回すと事務の江口さんが立っていた。江口さんは黒いビニール袋の中に入っているであろうぼくのスニーカーを先生へ渡す。
「ほかのヒューマン・トランスフォーマーとその伴侶が教師や生徒たちの気を引いています。今のうちに車のほうへ。僕は保健室で待機しています」
「ありがとうございます。さあ、犬伏さん、行きましょう」
グラウンドの向こうがわでは黒柴姿のヒューマン・トランスフォーマーの人が、伴侶の奥さんと一緒に散歩をしていて、下級生たちの視線を釘付けにしている。
お母さんが車のキーのボタンを押し、遠隔操作で鍵を開けると先生は、ひどい腹痛になった犬伏渉が後部席で寝込んでいる姿を演出するため、ぼくのリュックや袋に入った靴、洋服の入ったカバンを横並びにした。まるで人が丸まって寝ているような形にして、その上から厚手の毛布をかける。
その間に、お母さんは車の助手席にキャリーをセッティングする。事故に遭ってもポメラニアンになったぼくがフロントガラスを破って飛び出していってしまわないようにした。犬用のシートベルトをつけてもらい、ふたたびカバンの蓋を閉められる。
「渡辺先生、本当にいつもありがとうございます」
「いいんですよ、それより急いでください。ほかの生徒や教師に疑われる前に病院へ」
「はい、それでは失礼します」
外で渡辺先生に挨拶をするとお母さんが運転席につき、車のエンジンをかけた。そのまま車が発進しウインカーと揺れで正門を左折するのを感じる。
「ねえ、渉。いつから隼人くんの恋人になったの? どうして、お母さんに話してくれなかったのよ。隼人くんなら口が堅いし、信頼できるから渉がヒューマン・トランスフォーマーであることも受け入れてくれるんじゃない?」
カバン越しにお母さんに声を掛けられ、ぼくは犬の言葉で喋った。
(違うよ、ぼくと隼人は恋人でもなんでもないよ……)「ウウウッ、グワウ……」
「ええっ!? だって先生も、あなたたちのことを“恋人”って言ってたじゃない。隼人くんだって『恋人じゃない』なんて言わなかったし」
(あれは高坂さんたちと隼人が悪いんだよ。高坂さんが、ぼくの好きな人は隼人だって気づいたの! それでチア部の子たちが隼人に……ぼくは「そんなんじゃないよ」って言ったんだけど。隼人はめんどくさいのかなんだか否定しなくて)「ワン、ワンワンワン。ウウーッ、ワン! クウ……ウゥゥン。キャウン」
「で、気づいたらってわけね。はあ、隼人くんったら昔とちっとも変わってないんだから」
(ごめん、ぼく、なんだか眠くて……お休みなさい)「クアア、アウン……ワウ」
犬になるといつもこうだ。なんだか無性に眠くなってしまう。
お父さんや、ほかのヒューマン・トランスフォーマーは活発に動き回る。特にイヌ科のヒューマン・トランスフォーマーは散歩にボール遊び、縄や靴下の引っ張りっ子と遊ぶ気満々になる。
だけどぼくは猫にでもなったみたいに、すぐ眠くなってしまうのだ。
大きなあくびをひとつして、ぼくはキャリーの中で体を丸めた。
隼人は、どうしてお母さんたちの前だとあんなことを言うんだろう。
今朝だってバスに乗り遅れたぼくが悪いことに変わりはないんだから「自転車か次のバスにでも乗れよ」って、通り過ぎればよかったのに……。
ぼくのことを嫌っているなら中途半端に優しくしないで、いっそ冷たく突き放してほしい。幼なじみだからなんて理由で、面倒を見てほしくないんだ。
「しょうがないな、鈍臭いから面倒を見てやる」なんて態度で話しかけらると、ひどく惨めな気持ちになるから。
いっそ「おまえなんか知らない。大嫌いだ!」って二度と口をきかないほうがマシ……じゃないな。きっとショックを受けて一生ポメラニアンから戻れなくなる。
ぼくのほうから隼人と距離を置けばいいのに、話しかけられると舞い上がって、ちょっかいを出してもらえると話すきっかけができたと喜ぶ。そうして、また心が傷ついて悲鳴をあげる。期待して、落ち込んで、犬になる。その繰り返しをしていて、本当に――バカみたいだ。




