人になりし獣=獣になりし人2
くつ下で遊ぶことにあきたぼくは、床に落ちていたワイシャツを口にくわえて、あたりをウロウロした。そのまま冷たい床にワイシャツを置いて寝そべると、ワイシャツのすそをチューチュー吸って頭を床に押しつける。
どうして、いつもこうなっちゃうんだろう。なんでうまくいかないのかな……。
いつから隼人を好きになったのか、わからない。
動物が大好きな隼人は、獣医になるのが子どもの頃からの夢で、どんな動物にもやさしく接する。
猫や犬、モルモットやうさぎ、ニワトリなんかに屈託のない笑顔で笑いかける。
そんなあいつに話しかけてもらって、触ってもらえる動物たちがうらやましくて、しょうがなかった。
この人に愛されたい、かわいがられたいと願ってしまったのだ。
毎日いっぱい撫でて、目いっぱい遊んでほしい。散歩だって、きっとたくさんしてくれる。
おそらく隼人が動物たちを可愛がる姿に、ぼくの遺伝子に組み込まれた犬の部分が反応したのだ。
だけど人間であるぼくは隼人と相性が悪いのか、いつも口喧嘩ばかりしている。
ヒューマン・トランスフォーマーであることを普通の人間に話すことは基本的にご法度。
化け物扱いされて居場所がなくなったり、人間から獣へ変態できる・獣から人間へ変態できる奇妙な存在として科学者に捕まり、あれこれ調べられて実験動物にされ、ホルマリン漬けにされてしまう恐れもある。
何よりご主人様や伴侶となってほしい人にヒューマン・トランスフォーマーだと知られて、今まで築いてきた関係が一晩で終わってしまう――そんな悲しい過去の事例が多くあるのだ。
人であるのに獣で、獣であるのに人であるぼくたちを受け入れてくれる人は、そんなに多くない。
生まれつきの特性だから病気みたいに治すこともできない。動物に変身する身体と死ぬまで付き合っていかなくちゃならないんだ。
十七までは普通の人間と変わらず過ごしてきたのに、十八になったら突然ポメラニアンに変身する身体になって苦労は増えていく一方。
でも、ぼくの隼人に片思いする気持ちは変わらないし、状況は好転しない。
仲の悪い幼なじみのままだ。
(わ〜んっ、なんだよ。隼人のバカー! 最低最悪、性悪男。オタンコナス、人でなしの鬼ー!)
ぼくは立ち上がって、体の下に敷いていたワイシャツを口にし、めちゃくちゃに振り回す。腸が煮えくり返り、沸々と怒りが身体の内側からわき起こって、制御できない。仕切りのカーテンの向こうまでワイシャツを引きずり、ブンブン振り回す。
犬になってよかったことがひとつあるとしたら、人間のとき大声で叫んだら問題になりそうなことも、口にできること(普通の人間には、ただポメラニアンがキュンキュン鳴いているようにしか聞こえないから)。何を言っても一切、問題なし。
だけど、そんなことをしていても意味がない。
隼人と仲よく話をしたり、楽しくどこかへ遊びに行く夢を実現できないとわかっている。
恋人になんかなれなくてもいいから、高坂さんや内村くんみたいに隼人と友だちとて会話したり、出かけたいな……。今は意見が衝突するくらいで済んでいるけど、そのうち、取り返しのつかないことになって「二度と俺の前に姿を現すな」とか「話しかけるな」って言われて無視される未来だって、ありえる。このままじゃダメだ。
ひどく泣きたい気持ちになっても犬だから涙は一粒もこぼれ落ちない。
犬になったぼくは、おもちゃにしていたワイシャツを床に置きっ放しにして、渡辺先生に寝てなさいと言われたベッドのあるところへトボトボ歩いていく。
軽く助走をつけてハードルを飛び越えるみたいにジャンプしたらベッドの上へ飛び乗れた。
人間のときに裸で布団に入ったら、冬場の寒い日なんかは風邪を引く。
でも今のぼくは人間の犬伏渉じゃなくて、全身モコモコ。長い犬の毛に包まれたポメラニアンだ。風邪なんて引きっこない。
白い布団掛けを犬になった手やつめを使ってめくり、モグラが土の中を掘り進めるように頭をモゾモゾと動かし、シーツの中へ潜り込む。フカフカしている毛布の上を歩きながらベストポジションがどこかをさがし、ここだと思った場所で身体を丸めた。
九時までには少しでも気分を落ち着かせなくちゃ……じゃないと渡辺先生の力を借りても人間に戻れない。
大学へ行っても、こんな生活は続く。ポメラニアンになるたびに守護者の人に助けてもらって人間へ戻してもらう。
もしも隼人とぼくが仲のいい友だちだったら、頻繁にポメラニアンになることもなかった。状況によってはヒューマン・トランスフォーマーのことを打ち明けたり、「ご主人様になって」って、お願いできたのかな……?
ポカポカと温かくなって、気持ちいい。まどろみ始めたぼくのまぶたは自然と重くなり、そのまま目を閉じて眠りについた。
*
「……犬伏くん、大丈夫? 犬伏くん?」
身体を誰かに揺すぶられる。
渡辺先生の声がして、ぼくは寝ぼけ眼で頭を上げた。
先生がいるってことは、もう九時!? 慌てて起き上がる。
いつの間にか保健室のベッドの上でなく、犬用クッションの上に移されていてビックリする。
困り眉姿の先生がポメラニアンとなったぼくの顔をのぞき込んだ。




