第84話 特効薬
長いです。セリフが多めです。
スズ達が王都クロウバーグへ着いた、少し後。
「君が今回の責任者か。随分若いな」
鎧を着込んだ男が、身なりのいい服を着た青年の肩を叩いた。肩を叩かれた青年はビクッと体を一瞬震わせ、しどろもどろになりながらも言葉を返した。
「はっ、はい! マルシャ・ハーキンと言います! よろしくお願いします!」
「あっはっはっは! そう縮こまるな。それにしても、お前も災難だな。これから闘技大会だってのに遠征に飛ばされるなんて」
王都ではあと数日のうちに開催される闘技大会。獣王国中から参加者が集まって、しのぎを削る一大イベント。大会に参加するだけじゃなく、それを観戦するのも獣王国国民にとっては大きな娯楽だ。そんな中集められた文官と護衛隊は、疫病に対する特効薬を南の街々まで運ぶ遠征に出かけるため、この待ちに待ったイベントを見れもしない。完全に貧乏くじを引かされていた。
だが、今回の遠征で責任者を務めるマルシャには、遠征に参加しなければならない理由があった。
「い、いえ! 遠征には僕から志願したんです」
「なに? 何か訳アリか?」
「その、パヴァンは僕の故郷なんです。母がまだ住んでいるので、様子を見に行きたくて…」
パヴァン。この国の最南端に位置し、王都からも、支援してくれる教国からも遠く離れた辺境の街。
「パヴァンから王城の文官にまでなったのか!? そりゃすごい大出世だな! なら尚更母親に元気な顔を見せてやらないとな。俺はタイラー・ウィリー、今回の護衛隊長だ、よろしく」
そう言ってタイラーは手をマルシャに差し出して、握手を求める。
「は、はいっ! よろしくお願いします、タイラー隊長!」
差し出された手を、マルシャはガシリと掴んで勢いよく頭を下げた。
王都を出発した遠征隊は、最初に特効薬を配布する予定の街に着いたが、軽い肩透かしを食らっていた。
「想像していたよりも患者数が少ないな。どう見る、マルシャ」
「疫病が発生した地点から離れていたおかげで、感染者がそこまで出ずに済んだ。……というところでしょうか」
「次に行く予定の街から一度支援要請が来ていたのにか?」
「そうなんですよね……。この地方に伝わる予防法か何かが……」
「隊長! 運び終わりました!」
マルシャが街の異常に少ない患者数の原因について思案している間に、積んでいた特効薬が無事に領主邸へ運び込まれていた。領主の元へ届けられた特効薬は、領主から教会へ渡り、そこで患者への配布が行われる。領主が不在の場合は、教会へ直接届けられることもある。
「よし! じゃあさっさと次の街に行くぞ! 回らなきゃいけない街はまだまだある!」
マルシャから母親の話を聞かされたこともあり、タイラーは一刻も早く特効薬を行き渡らせ、マルシャをパヴァンにいる母親へ会わせてやりたかった。
最初の街で特効薬を届けてから1週間ほど経ち、いくつかの街へ届け終えた道中、隊長であるタイラーが痺れを切らしてマルシャに詰め寄った。
「マルシャ、明らかにおかしい。今まで回ってきた街の半分以上は疫病で酷い有様だった。だが、なぜか一部の街だけは疫病は鳴りを潜めて平和なもんだ。確かに感染者は教会で治療されていたが、それも数人程度。教会で十分対処できる人数だ。周辺の街では教会に感染者が溢れかえっているのに、なんで特定の街だけそんな余裕があるんだ?」
最初に特効薬を届けた街では肩透かしを食らってしまったが、次に向かった街は酷いものだった。街には活気がなく、皆窓を閉め切って出来るだけ人との関わりをなくしていた。家々からは咳の音が聞こえ、届けにいった領主邸でも使用人のほとんどが感染してしまっていた。このままでは教会へ運ぶのは時間がかかりすぎると遠征隊が代わりに教会へ運べば、そこは患者で溢れていた。まだパンデミック真っ只中の王都を、タイラーだけではなく遠征隊皆が思い出していた。
「僕もずっと考えていました。嫌な想像ですが、もしかしたら薬の横流しが行われていた。とか」
「特効薬は厳重に管理されてるはずだろ? そんなちょろまかすなんてこと出来るのか?」
「まだ王都に疫病が蔓延していた時は特攻薬の数をきっちり管理して厳戒態勢を取っていました。ですが王都の機能の回復して厳戒態勢が解かれ、特攻薬の大量生産が始まると数の管理なんてしていられませんから、一気に杜撰になったんです。その隙に横流しをしようと考える者が出てこないとも限りません」
「なるほどな。まぁもしまた怪しい街があれば、領主を問い詰めればいい話だ」
「僕も責任者として同行している以上、真相を究明しないと……」
「私は何も知らん。教会に聞いてくれ」
マルシャとタイラーの会話が呼び水になったのか、次に到着した街は怪しい街だった。マルシャとタイラーは事の真相を確かめるため、領主との面会を要求し問い詰めた。結果、帰ってきたのがこの一言だった。
予想していた言葉が聞けず戸惑いながらも、二人は言われた通り教会へ赴き司祭を呼び出した。
「ついにこの街にも特効薬が。これで入院中の患者達も楽になるでしょう。此度の流行病は本当に痛ましい限り、この街も疫病に侵されそれはもう……」
「そう言う割には街に活気がありすぎるんじゃないか? 単刀直入に聞くが、一部の街だけ疫病の収まるスピードが早すぎる。どういうことだ? 特効薬の横流しでも受け取っていたのか?」
「横流し? まさか、そんな。むしろ王都から来られた貴方方が知らないんですか?」
「何のことですか? 王都と何か関係が?」
「聖女リリー様ですよ。王都に行かれると言っておりましたが、ご存知でない?」
マルシャとタイラーは顔を見合わせた。あまりにも予想外な答えが帰ってきたからだ。このままでは話の糸口が見えないため、二人は司祭に詳しいことを聞くことにしたが、その内容はおよそ信じられないものだった。
聖女を名乗る人物が突如現れ、街に溢れていた感染者を瞬く間に治した後、3日も滞在しないうちに街を出ていったしまったというのだ。司祭が見せてもらったという聖女の証であるロザリオも、司祭の目からは本物に映ったという。
「あの御方たちには本当にお世話になりました。王都に戻られた際には、皆感謝している、とお伝え下さい」
「あの御方たち? その聖女以外にも誰かいたのか?」
「えぇ、可愛らしい少女とそれに付き従う女騎士様が居りましたよ。聖女リリー様も、その少女に敬意を払っておいででした」
ますます頭が混乱してきた二人は、一度話を切り上げて領主邸へ戻ることにした。今日は領主邸の敷地に簡易テントを張り、そこで一晩を越す予定だ。
領主からの賄いといういつもより豪勢な夕食を終えた二人は、テントの中で顔を突き合わせて司祭から聞いた話を振り返る。
「どう見る?」
「にわかに信じ難い話ですね…。この国に聖女が派遣されたなんて報告もありませんし、もし派遣されていたらもっと大々的に発表しているでしょう」
獣王国と教国は持ちつ持たれつの関係ではあるが、神聖魔法という一点においては獣王国側は頼らざるを得ない。そのため、今回のような支援を求めた際には教国は恩着せがましく大々的に発表していた。それが聖女派遣となれば、今までよりももっと大きな恩を着せてくるはず。だが、聖女リリーについては宣伝もしないどころか、獣王国側にすら知らされていない可能性が高い。もし知らされていれば、遠征隊の責任者であるマルシャが聞かされていないのはおかしい。
「じゃあ司祭の話は嘘で、本当に横流しをしていたのか?」
「そのことなんですが……」
マルシャがどこからか巻物を取り出して、テントの床に広げ始めた。
「これは?」
「地図です。黒い点が今だ疫病侵されている街です。そして赤い点が疫病の収まっていた街です」
「これがどうしたんだ?」
「この赤い点を結ぶと、段々南下していってるんです。もし薬を横流しするなら、もっと近場だけで済ませるはずです。こんな遠い場所まで運ぶなんて見つけてくれと言っているようなものですから。そして、この赤い点を結んだその先にあるのが――」
「パヴァン……」
「そうです」
「じゃあ何か? 果てのパヴァンに突然聖女が現れて、王都に向かう道中の街を治して回ってたってか?」
教会の位置する北から聖女が来るならまだしも、南、それも山脈に隔たれた辺境のパヴァンから聖女がやってくるなんて話は到底信じられなかった。
「司祭の話を信じるなら、そうとしか……」
「馬鹿馬鹿しい。まぁいい、いずれパヴァンには行くんだ。そこで教会や住人に話を聞けば分かることだ。あー!! 今日はもう寝る! 頭がおかしくなりそうだ」
タイラーは頭をガシガシと掻きむしると、重い腰を上げてテントから出ていった。
「母さん……」
普通に考えれば文官として公正な目を持たなければならないと分かっていながらも、マルシャはこの突拍子もない説を内心信じ始めていた。




