第80話 置き土産
メリークリスマス
街を出ることが決まったのは、教会から司祭を追い出してから3日後のことだった。
パヴァンに滞在している間リリーが患者達をまとめて治していたので、街の罹患者はもうほとんど完治済みになり、もう教会を訪れてくるのは疫病と関係のない病人か怪我人くらいで、リリーがわざわざ出張って治すほどでもなくなった。
そろそろリリーがいなくてもやっていけそうだなと思っていた矢先、乗合馬車を営んでいる男性が病気が治ったのを期に再開するという話を聞きつけ、これ幸いと街を出ることにした。
ここへは馬車を持ってきてもいないし、この寒い地域を徒歩で街から街に移動するなんてのは勘弁なので、この知らせは大変助かった。手伝わずにのんびり滞在していたら、乗合馬車が再開するのはもっと先だったろうな。
というわけで、今日がその再開した乗合馬車が出発する初日なわけだ。
「ついに行ってしまうんですね…。もう少しリリー様のお側で学びを得たいところでしたが、これ以上甘えるわけにはいきませんね。リリー様に救って頂いたあの少女も、今ではすっかり元気になって外で走り回っています。この街を代表してお礼を言わせて下さい」
グレイスさんが深々と頭を下げた。
「私はスズ様の願いを叶えただけに過ぎませんから、礼は不要ですよ」
「それにしても、街に活気が戻ってよかったです。あの司祭を追い出したかいがありましたね」
リリーや教徒の尽力もあって、この街に来た時とは見違えるくらいに活気が戻っている。街の人達の表情も明るくなって、屋台や外で遊ぶ子供も見受けられるようになった。
「私達はもう街を出ていきますが、最後にこれだけ置いていきますね」
インベントリから一つアイテムを取り出して、グレイスさんに手渡す。
「これは…?」
「指揮棒かしら? なに、これで楽団でも結成しろって?」
グレイスさんと一緒に来ていたスージーさんが、横から覗き込んでアイテムの形を言い当てた。だが、見た目は指揮棒でも中身は違うんだな。
「それはメディタクトという短杖です。それがあれば、誰でも回復魔法を使えるようになりますよ」
俺がグレイスさんに渡したのはメディタクトという30cmほどの短杖だ。見た目は白い指揮棒で、持ち手の先にハートとリボンがついているのが特徴で、まるで魔法少女が使いそうな見た目をしている。
この武器の特性は、回復魔法が使えないクラスでも回復魔法が使える、その一点のみ。攻撃力が0に設定されているので、この杖で攻撃魔法を撃っても敵にダメージを与えることが出来ない。その代わり、誰が使っても固定値で300HPを回復してくれる特性を持っている。
ゲームを始めたての初心者御用達のアイテムで、かくいう俺もこの杖に長い間お世話になったものだ。だが固定値という特性上、自身のHPが増えれば増えるほど費用対効果が悪くなってしまう。最終的には回復は回復職に任せることになり、最後は倉庫の肥やしになる運命の悲しきアイテムだ。
なぜこのメディタクトを渡すかと言えば、この街での再感染が怖いからだ。回復魔法で疫病を治したとはいえ、感染した人達の中に抗体が出来ているかはまだわからない。俺達が去った後、再度街の中で疫病が流行してしまった場合、間違いなく教会はパンクして治療が間に合わない人達が出てくるだろう。それじゃあ折角リリーが治した意味がない。
「多分ですが、魔力さえあれば誰でも使えると思うので、是非活用して頂ければと…………どうしたんですか?」
てっきり喜んでくれると思っていたら、グレイスさんもスージーさんもメディタクトを見たまま固まっているので軽く呼びかけてみると、二人とも首をギギギ…と音がなりそうな動きでこちらに顔を向けた。
「誰でも、神聖魔法を、使えると?」
「さすがに冗談よね?」
「まだ試したわけじゃないので確実ではないですが、出来ると思いますよ」
二人はメディタクトをしばしジッと見つめた後、意を決したように頷き向かい合った。
「い、いきますよ」
「どんときなさい…!」
何やら重々しい雰囲気を醸し出しながら、グレイスさんがメディタクトをスージーさんに向け回復魔法を放った。
「ど、どうですか…?」
「確かに神聖魔法と同じ魔力の流れだったわ。昨日木箱を運んでいる時についた傷も治ってるし…。そっちは?」
「私のヒールと比べて魔力の消費がずっと軽いです。たったこれだけの魔力で神聖魔法が使えるなんて…」
「……………」
「……………」
何故か二人とも再び黙りこくってしまったが、メディタクトの回復魔法はこっちの世界でも問題なく使えるみたいだ。これなら安心してこの街を離れられるな。
ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、今度は二人がわちゃわちゃと騒ぎ出した。
「こっ、これ持ってて下さい! スージーが管理したほうがいいですよ、金庫の鍵も管理してますし!」
「いやよ!アンタが受け取ったんだからアンタが管理してよ!」
メディタクトの効果を確認した途端、突然二人が押し付け合いを始めてしまった。
え…、何か良くなかったんだろうか…? 宗教的に不味いとかかな…。あんまりそういう点を考えずに渡してしまったのは悪手だったかもしれない。
「あ、あのすみません。問題があるようなら全然返してもらっても大丈夫なので…」
「問題ないわよ! 無さ過ぎて怖いくらいよ!誰でも低魔力で神聖魔法が使えるなんてそんな…」
「こういった聖具は、本来教国の大聖堂で管理されている物なんです! そんな物をこんな僻地の教会で管理するなんて…!」
幸いにも問題は無かったようだが、セレニタ教にとっては何か重要な物らしく、二人が俺に詰め寄りながらどれだけ貴重な物かを力説し始めた。
「お~い!! もうそろそろ出発するぞ~!!」
いいタイミングで乗合馬車のから声がかかった!
「あ~! そろそろ行かないと! お二人共大変だとは思いますが、頑張って下さい。 それでは!」
グレイスさんとスージーさんから逃げるように乗合馬車の方へ走り、急いで乗り込む。
中にいたのは数人の獣人だけのようだ。まぁ、こんな時に街から街へ移動しようって人はあんまりいないよな。
「聖女サマ! 馬車は俺達が護衛するから、安心して乗っててくれよな! あんたが治してくれたおかげで随分動けるようになったんだ」
奥に座っている冒険者風の獣人三人組のうちの一人がリリーに礼を言っている。リリーが治した人の中にあの三人もいたんだな。こうやって元気な姿を見ると俺まで嬉しくなってくるな。
「よかったですね、スズ様」
右隣に座るリリーが微笑みながら言う。
「ああ。ありがとうな、リリー」
「スズ様のお言葉が一番報われます」
「そんな大袈裟な――うわっ!」
突然アリアが俺の脇の下に手を入れて持ち上げ、自らの膝の上に置いた。
「どうしたんだよアリア」
「乗合馬車は揺れますし座席も硬いですから、痛くないようにと思いまして」
いつになく素っ気ないアリアがツンとした様子で答えた。
「ふふ、妬きもちを焼いてるんですよ、スズ様」
「妬きもち?」
言われてみれば、パヴァンに来てからはリリーにばっかり頼っていた気がするな…。そりゃ寂しがるのも無理ないか。
「そういや全然アリアには頼って無かったな。寂しくさせてごめんな」
「いえ、これは俺の我儘なので」
俺を膝に乗せて両腕で抱き込みながら首筋に顔を埋めるアリアを、今回ばかりは見逃すことにした。
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「行っちゃいましたね…」
「そうね…」
スズ達が乗る乗合馬車が出発し、取り残された二人は未だ困惑していた。
「これ、どうしましょう」
グレイスが手に持ったメディタクトを大事そうに持ちながら、眉を下げている。
「どうするも何も、うちで預かるしか無いでしょ。教国へ報告するにも、ここからじゃ遠すぎるし。使うのは緊急時のみに限定して、それまで精々盗まれないように保管しておくしかないわね」
「ハァ…。本当に何者なんでしょうね、あの方達は」
「考えても仕方ないわよ。早く戻りましょ、体が冷えてきたわ」




