第76話 急患
「んあっ!? なんだ?」
部屋に響く突然の騒音にビックリして飛び起きた。何事かと部屋を見渡すと、扉の向こう側から聞こえてきている。というか、扉を乱暴に何度も叩いているようだ。
「スズ様は扉から離れていてください。私が様子を見ます」
リリーとアリアは俺よりも早く反応していたのか、すでに寝間着姿から普段の装備に着替えている。早着替えの能力があるとはいえ、対応が速すぎる…。
「誰ですか、こんな時間に」
リリーが扉を開けずに扉越しから話しかけると、扉を叩いている方も気付いたのか叩く音が止んだ。
「キーンだ! こんな時間にすまないが、話を聞いて欲しい。頼む!」
キーンって、この宿を教えてくれた門番の人だよな? 声色からして随分と切羽詰まった感じだが、何かあったんだろうか。押し入り強盗とかじゃなくてホッとした。
「リリー、話を聞いてやってくれ」
リリーから少し離れた場所でそう指示すると、リリーは警戒しながらゆっくりと頷いて扉を少しだけ開けた。
「よかった、朝から本当にすまない。だが時間が無いんだ。あんた、ヤラを治したって言ってたろ? 子供も治したって」
「ええ。治しましたが、それが?」
「図々しい願いだとは思うが治して欲しい人がいる。協力してくれないか、頼むっ!」
リリーが少ししか扉を開けていないため外にいるキーンさんの姿は見えないが、声はしっかり聞こえた。時間の問題、治して欲しい人がいる、ということはリューくんと同じように命の危険がある病人がいるということか。
開けた扉の隙間から外に顔を向けていたリリーは、気づくと俺の方を見てどうするかの返答を待っているようだ。う~ん…、正直ここで治してしまうとキリが無いような気もする。村の時は少人数だったから全員を治してくることが出来たが、街単位となればさすがに話が違ってくる。それに治すのは俺じゃなくリリーだ。俺の持っているポーションでも治せないことは無いと思うが、やはり補給の出来ない消費アイテムはあまり使いたくない。
でもな~、見捨てたら見捨てたで後味が…。
「スズ様」
腕を組んでうんうん悩んでいると、俺の後ろで控えていたアリアが俺を呼んで肩の上に手を置いた。
「スズ様が為さりたいことを為されば良いのです。そのお力になるのが、俺達の最上の喜びですから」
したいことね…。王国で似たようなことを言われたのが、随分昔に思えるな。
リリーに再度目を向ければ、アリアの言った通りだと言うように笑顔で頷いた。
「ここで治したら、これから大変になるかもしれないぞ?」
「それがスズ様の願いでしたら、私達には本望です」
「そうか、わかったよ。治すよう言ってやれ」
「はい、スズ様」
俺の命令を受けたリリーが、部屋の外にいるキーンさんに治す旨を伝えた。
「治してくれるか!! 本当か!? なら早いところ向かおう!」
「ええ、スズ様のご命令ですから。ですが向かうのはもう少しお時間を頂きますね」
リリーはそう言うと、扉をパタンと閉じてしまった。あれ、時間の問題だろうし、今すぐにでも出たほうが良くないか?
「スズ様、まずはお着替えをしましょうか」
あ、俺寝間着のままだったわ。
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「ここを右に曲がればすぐだ!」
俺が大急ぎで着替えた後は、飛び出すようにして宿を出た。
獣人というケモノ属性を持っているからなのか、キーンさんはやけに足が速い。俺は最後尾で他の3人に付いていくのがやっとで、最終的には見かねたアリアが俺を抱えながら走っている。その状態でもキーンさんの後を涼しい顔で走っているのだから、アリアの身体能力には毎回驚かされる。そしてそれに付いてきているリリーにも…。なんで俺だけ…。
「あそこだ!あの家だ!」
キーンさんが指さした場所は、かなり古ぼけた木造住宅だった。村に建っていた家よりも小さい上に、ところどころ朽ちていて全く手入れがされていない。
そんなボロボロの家の扉をまたしてもドンドンと叩いたキーンさんは、返事も聞かずに扉を開けてしまった。強引だなぁ…。
「ウイラさん、いるか!? 入るぞ!」
家の目の前まで来たキーンさんは、扉をまたしてもドンドンと叩いて来訪を知らせるや否や勝手に入っていってしまった。
強引過ぎじゃない…?
キーンさんが返事も聞かず開け放った扉からは、女性が2人座っているのが見えた。片方はあまり身なりの良くない獣人、もう片方は白と紫の衣装を着ている。頭の上に耳が無いから、獣人じゃないようだ。それに、あの白い服どこかで見たような…。
あぁ、思い出した。セレニタ教の宗教服だ。王都で教会に行った時にみんなこれを着てたっけな。
「ウイラさん! 子供の容態は!?」
キーンさんが勝手にズンズンと中へ入っていってしまうので、少し申し訳ないが俺達もお邪魔させてもらおう。アリア、いい加減降ろしなさい。
家の中に入り、座っている女性2人の側まで来ると、小さな獣人の女の子が横たわっていることに気付いた。離れた場所からだと2人の影になって見えなかったみたいだ。女の子は床に敷いた薄い藁の上に寝ているが、あれじゃ布団の代わりにはならないだろう。靴から伝わってくる床の硬さは、地面と大差無いように思う。
今回治すのはあの女の子かな。やはり子供は重症化しやすいみたいだ。
「もう大丈夫だぞ、ウイラさん! 疫病を治せるって人を連れてきたんだ!」
キーンさんは嬉しそうな声色でウイラと呼んでいる女性に呼びかけるが、想像していたような反応が返ってこない。嫌な予感がしながらキーンさんがシスターに目を向けると、シスターは目を閉じてゆっくりと首を振った。
「そんな…間に合わなかったのか…?」
「手は尽くしたつもりです…。私がもっと治療していれば…」
嫌な予感が的中し暗い雰囲気に包まれた家中には、不快な静寂が訪れた。その静寂の中で、母親のすすり泣く声だけがはっきりと聞こえている。
遅かった、それで諦められたら良かったんだけどな。生憎そうはいかない力を、俺達は持ってしまっている。これを知られれば、間違いなく後々面倒なことになる。でもなぁ…、目の前でこんな光景見せられちゃな…。
「すぅー、はぁー」
一度深呼吸をして落ち着いてから、絞り出すようにシスターに聞く。
「シスターさん」
「はい?」
「その子が……、その子が眠ってどれくらい経ちますか?」
「…? そう時間は経っていません。あなた達が入ってくる直前くらいです。そんなことを聞いて何のつもりですか…?」
普通に考えればあまりにも不躾な質問に、シスターは眉を顰めている。まぁそうだよね、でもこっちも聞かなきゃいけないんだ。でも、そうか、時間は経ってないか。
「リリー、耳を貸してくれ」
「はい」
リリーが少し身をかがめて耳を俺の方に向けてくれたので、他の人達に聞こえないように小声で話し始める。
「(“蘇生”を使ってくれ)」
リリーは俺の言葉に驚いたようだったが、すぐに冷静な口調で返してきた。
「よろしいのですか?」
「リリーこそいいのか? 成功すれば面倒どころじゃ済まないぞ」
「先程も言いましたが、スズ様のご意思が全て。私達はそれに従うだけです」
「なら、命令だ。あの子を生かしてやれ」
「承知致しました、スズ様」
こうして明確に命令するのは、意外にも初めてかもしれない。命令を受けたリリーが女の子の方へ歩いていくので、俺も後に付いてシスターに声を掛ける。
「すみません、ちょっといいですか。今からその女の子を治すので、場所を空けてもらいたいんですが」
「は…? 治すって、この子はもう…」
俺の言葉が信じられないのだろう、シスターが驚愕と不信感が入り混じったような顔で俺を見つめてくる。
「いいですから、ほら、場所を空けてくださいね」
これ以上時間をかけてられないので、軽くシスターを手で押して無理矢理スペースを空けてもらう。
「よし、リリー。あとは頼む」
「お任せ下さい」
リリーが薄い藁の上に横たわる女の子の側で膝立ちになり、杖を正面に構えた。
「いきます。 “蘇生”」
魔法を唱えると同時に、女の子をすっぽりと包み込めそうな大きさの眩い光球が現れた。徐々に光を増していった光球は、その眩さが限界まで来ると、ポンッという間抜けな音とともに弾け、部屋中に光のシャワーが降り注ぐ。それと同時に、1人の天使がその場に漂っていた。
「な、なんですかこれは…!」
その光景にシスターも驚いている。キーンさんも、ついさっきまで泣いていた母親でさえ、呆気に取られている。
周りの反応などお構いなしに、しばらく部屋の中を泳ぐようにして飛び回った天使は、やがて満足したのか女の子の顔に自らの顔を近づけ、その額に口づけでそっと触れた後、跡形も無く消えてしまった。
「一体何が起きたんですか…」
シスターが目の前で起きた現象を受け入れられず未だ呆けている。俺も“蘇生”の演出をこういう形で見るのは初めてだったから、ちょっと面食らってしまった。だが、今大事なのはそのことじゃない。この回復魔法が、この世界でも通用するのか、それが今分かる。
頼む、効いてくれ…!




