第73話 獣人の親子
「つい最近になって、村で急に病気が流行りだしたんだ。おかしいと思って村に来た行商人に聞いてみれば、今国中で疫病が流行ってるんだと」
「疫病?」
「そうだ。といっても、俺達みたいな大人なら飯をちゃんと食べていればそのうちに治るような病気だそうだ。ただ、まだ身体が出来ていない子供は例外みたいで、村でもまだ苦しんでる子供達がいる。中心部ではすでに特効薬が開発されているみたいだが、こんな辺境の村に来るのはいつになるかわかったもんじゃない。そこでパヴァン……ここから一番近い街に行ってセレニタ教の教会を訪ねたら……」
「断られたと?」
「ああ。疫病を恐れて教会を閉め、どうしても治療して欲しいなら金を出せと…。前にも何度か教会の連中が村に来たことがあるが、高額なお布施を要求するだけで、何もしちゃくれない。だから、その、つい君たちへも警戒をしてしまった。申し訳ない」
門番はそう言うと一度上げた頭をもう一度下げて、額を地面に当てた。
「もういいですから! というより、村にまだ治療が必要な人がいるんですよね?」
頭はなんとか上げさせたが、依然膝をついたまま立ち上がろうとはしないので、そのまま話を続ける。
「あ、ああ、大人は放っておけば大丈夫だと思うが、子供の中で一人危険な状態のやつがいる。まさか、治してくれるのか?」
「リリー、いいか?」
「この男の願いを叶えるというのは少々業腹ですが、スズ様のご命令ならば喜んで」
「はは…。まぁ、だそうなので村に入れてくれますか?」
「ありがとう…!」
「頭は!頭は下げなくていいので!」
嫌な予感がしたので咄嗟に声をかけると、門番は一瞬ピクリと頭を動かした後にゆっくりと立ち上がり、膝についた土を払い落とした。
「そういえばまだ名乗っていなかったな。俺はヤラ。よろしく頼む」
ヤラさんが自己紹介と共に握手を求めてきたので、俺も手を出そうとしたところ、横からアリアの手がニュッと出てきて俺の代わりにヤラさんと握手を交わしてしまった。
「アリアだ」
「ア、アリアさん、よろしく頼みます」
アリアと握手しているヤラさん笑顔がやけに引きつっているが、そんなに俺と握手したかったんだろうか? 後で改めてしてあげようかな。
村に入った俺達は、ヤラさんの案内で疫病にかかっているという子供の家に向かうことになった。
村に足を踏み入れて全体を見渡した限り、この村はさほど大きい村では無いらしい。大きさで言えば、ゴブリンに襲われていたナハ村よりも一回りほど小さいくらいだろうか。家屋も立派な家が建ち並んでいるとは言えず、皆小さな平屋で暮らしているようだ。数軒だけ大きな建物が建っており、集会所か倉庫だと思われる。
それに、あまり人が出歩いていないのも気になる。疫病を恐れて外出を控えているのか、それともすでに村全体に疫病が広まった後なのか。
そんなことを考えているうちに、目的の家についたらしく、ヤラさんが戸を叩いた。
「カラナ!いるか? 会わせたい人がいるんだ」
ヤラさんが声をかけてから数秒、ギィ…と建付けの悪そうな音を立てながら、ドアが少しだけ開いた。
「ゴホッ…ヤラさん? どうしたの? 今はあまり人に会わないほうがいいと思うわ」
「カラナ、体調はどうだ? リューは大丈夫か?」
「私は少し楽になってきたけれど、リューは……」
そう言ってカラナさんは黙って首を振る。
「なら会わせたい人がいる! この人達が治してくれるそうだ」
ヤラさんが後ろにいる俺達をカラナと呼ばれた女性に見せるように体を少しずらした。
「どういうこと? まさか教徒じゃないわよね?」
俺達をひと目見たカラナさんは、眉を顰めて訝しげに俺達を見つめている。まぁ、急に村に現れて「あなたのお子さんの病気を治します」だなんて、怪しさ満点だよな…。どこぞの怪しい宗教みたいなセリフだ。
「彼女達は教徒じゃないそうだ。ほら、俺の病気が治ってるのが証拠だ。もう咳も出なくなって、息苦しさも無い」
怪し気に見つめるカラナさんに見せつけるように、ヤラさんが両手を広げて見せる。
「確かに言われてみれば随分元気そうになったわね…。顔色も良くなってる…。じゃあ、本当に?」
「本当だ。治療費も要らないと言ってくれている」
「信じられない話だけど、もうそんなことは言ってられないわね…」
俺達のことを信じてくれたのか、カラナさんは少しだけ開けていた扉を大きく開けて迎え入れてくれた。
中に入るとカラナさんとヤラさんがずんずんと奥へ進んでいくので、後をついていくとドアも取り付けられていない小さな一部屋に行き着いた。小さな部屋の真ん中には簡素なベッドが置かれ、6歳くらいの獣人の男の子が汗を掻きながら寝苦しそうにしている。
カラナさんはベッドの側に膝をつくと、男の子の頬や額を心配そうに撫でた。
「おかあ、さん…?」
「リュー、もう大丈夫よ。あなたを治してくれるって方が来てくれたの」
「ほんと?」
リューと呼ばれた男の子だが、顔色が悪い上に声もかなり弱々しい。それに息も心做しか浅い気がする。確かにこれは素人目でも危ないと分かる状態だ。
「リリー、頼む」
「はい」
リリーはリューくんに近づくと、ヤラさんに使ったものと同じ回復魔法を唱えた。
ヤラさんにかけた時と同様に緑のエフェクトがリューくんを包み込み、やがて煙のように消えていった。
「……リュー、どう?」
「すぅー、はぁー、……くるしくない!」
「本当!? 痛いところは無いの? 」
「ないよ! おねつもない!」
「あぁ…そう、そうなのねっ…!」
カラナさんは子供の病気が治って緊張の糸が切れたのか、リューくんを抱きしめながら静かに泣き出してしまった。
ここは2人にしたほうがいいとヤラさんにアイコンタクトを取ると頷いて同意してくれたので、手前にある部屋でカラナさんが落ち着くのを待つことにした。
10分ほど経って、奥の部屋から目の周りを赤くしたカラナさんがリューくんを抱いて出てきたので、一度部屋を移ることになった。
移動してきた部屋は小さなテーブルに椅子が3脚置いてあり、キッチンのようなものも見えるので、恐らくダイニングだろう。
椅子が3脚しかないので少し迷っていると、カラナさんが3脚とも俺達に使って欲しいと言ってきたので頑なに遠慮したところ、椅子に座るのはカラナさん、俺、リリーに落ち着いた。何故か俺が座るのは満場一致だったのは謎だ。
「お恥ずかしいところをお見せしました。それと、疑っていてすみません。このお礼は必ずしますので…」
「おねーちゃん、ありがと!」
神妙な面持ちのカラナさんを知ってか知らずか、先程とは別人のように元気になったリューくんが明るい声でお礼を言ってきた。ケモ耳と尻尾を活発にピョコピョコと動かしているのが可愛らしい。
見た感じすっかり元気になっているみたいだ。感染症だとしたら再感染もありえるから少し心配だが、それは時間が経ってみないとわからないな。
「気にしないでください。元気になったのなら良かったです」
言外に礼は要らない意思を伝えると、カラナさんはそれを拒否するように黙って首を振り、その理由を話し始めた。
「夫はこの子を産んですぐに病気で亡くなってしまったので、この子は忘れ形見みたいなものなんです。その上、夫だけじゃなくこの子まで失ったらと毎日が気が気ではありませんでした。それを貴方は救ってくださった。このまま何も返さずいたら、夫に叱られてしまいます。ですので、いつ、どんな形でも良いので恩を返す機会を頂けませんか」
さすがにここまで言われたら断るものも断れない。
「わかりました。何か助けが必要な時は、頼らせてください」
なんとなく流れで受け入れてしまったが、これといって欲しい物もして欲しいことも無いんだよなぁ。どうしたもんか…。




