第70話 相談
「ん。 なんだ?この紙束は」
寝起きのぼんやりとした視界に、どっさりと積まれた紙束が飛び込んできた。何回か瞬きをしてぼやけた視界がはっきりしてくると、大量の手紙のような物が紐で括られた物だということがわかった。
なんだこれ?
「釣書、だそうですよ」
リリーが手紙の中から一枚を抜き出し中身を確認すると、ろくに読みもせずテーブルに上に放り投げた。
「釣書…って、お見合いか何かかだよな?」
「ええ、昨日のパーティでは諦めきれず、こうしてまた懲りもせず送ってきているようです」
「諦めてなかったのか…」
そう、あの勲章授与が終わり会場が談笑ムードへと変わるな否や、会場中から貴族が俺達に殺到して、どうにか自分たちのところへ取り込めないかと交渉してきたのだ。
うちの息子はどうだ、専属の護衛はどうだ、経営している店のモデルはどうだと、とにかくありとあらゆる貴族から勧誘を受けたが、すべて断った。特に婚約の話はそれはもう多くて、年頃の少女だから婚約するにも丁度いいだろうと、俺に交渉を仕掛けてきたと思えば、今度は間に入って盾になってくれたアリアとリリーにも婚約を迫る始末。
結局、なんとかのらりくらりと貴族達の勧誘を交わして、パーティから逃げるように早めの退出を決めたのだ。
あの後疲れて風呂に入りながら寝ちゃったんだったな…。
「これは後で俺達が燃やしておきましょう。煙で虫除けくらいにはなりますかね」
「せめて捨てる前に中を確認したほうが…。何か大事な手紙も混ざっているかもしれないし…」
「中身なら私が確認しました。見事に全て婚約に関する内容で呆れましたよ」
「全部? 一つもまともなのは無かったのか?」
「ええ、一つもありませんでしたよ」
「マジかよ…」
貴族のしつこさに呆れ返っているとドアのノック音が聞こえた。
「朝早くから失礼致します。以前ご相談された件について用意が出来ましたので、別室へお越しいただけますでしょうか」
おっ!あの件か! パーティやらなんやらですっかり忘れてたな。早速話を聞きに行きたいところだが、まずは着替えないとな。寝間着のままじゃマズい。
「着替えたら行きますね!」
「承知致しました。扉の前におりますので、準備が出来ましたらお声がけ下さい」
アリアとリリーはすでにいつもの服装に着替えた後で、寝間着のままなのは俺だけだ。急いで着替えないといけないが、これどうやって脱ぐんだ? 皇城にあったものを貸してもらっているが、どれも紐が多くて着方も脱ぎ方もよくわからないんだよな…。
「スズ様、お手伝いしますね」
「スズ様、まずは後ろを向いてくれますか」
脱ぎ方がわからずキョロキョロしている俺を見かねた二人の手助けでやっと着替えを終えられた。……のはいいがなんで俺だけいつもの服じゃなくてドレス姿なんだ?
「まぁいいではありませんか。それよりも早く話を伺いに行きましょう」
もうこれ以上待たせるわけにもいかないので、アリアとリリーに背中を軽く押されながらドアへ向かう。
ドアを開くと側に口髭が立派な老齢の執事が立っていて、俺を見た途端目尻を下げて和やかな笑みを見せた。
「これはこれは。いつ見ても可愛らしいですね」
「お待たせしてすみません」
「レディの支度を待つのも紳士の嗜みですから。さて、ご準備がよろしいようなので早速別室へ向かいましょうか」
老齢の執事に連れられて皇城内を移動するが、別室ってそもそもどこの部屋なんだろう。というかこの廊下、前も通った気がするんだが気の所為か?
「こちらのお部屋です」
執事に案内された部屋は、皇帝、いや前皇帝の執務室だった。
「え、ここですか?」
「はい、左様でございます」
「だってここ、執務室じゃ…」
「スズ様のご相談を聞いたエリス様が、折角なら自分がと言って聞かなかったものでして…。ですが、前皇帝として外交を務めていらっしゃいましたから、相談役としてはこれ以上ない御方かと」
「そ、そうですか…」
「では、エリス様は中でお待ちですので、私はこれで」
そう言うと執事はスタスタと歳を感じさせない軽い足取りで去っていってしまった。
取り残されて困惑したまま突っ立っているわけにもいかないので、ドアをノックしようとしたところ、ドアが不意に開いた。
「来たならさっさと入れ。中からでも声が聞こえていたぞ」
「す、すみません…」
「まぁいい。早速話を聞かせてやるから、座るといい」
勧められるがまま執務室に添えられたローテーブルを挟むようにして置かれた柔らかそうなソファへ腰を下ろす。
「さて、相談内容は王国と帝国以外の国についてだったな。折角ならわかりやすくと思ってな、皇族秘蔵の世界地図を……」
「あ、あの、前皇帝陛下が直々に話して下さるのは大変嬉しいんですが、本当にいいんでしょうか…?」
「なんだ水臭い。前皇帝などと他人行儀な呼び方はやめろ、エリスでいい。それに、良いも何も、今の私は暇で暇で仕方ないんだ。本来なら今頃死の床にいる予定で身辺整理もしていたのに、どこぞの英雄が呪いを解いてくれたおかげで、自分でも何をやったらいいかわからんのだ。だから責任を持って暇つぶしに付き合え」
「な、なんかすみません…」
「謝るな。これでも感謝しているんだ」
面倒臭いなぁ~! 前皇帝――エリスさんってこんな面倒臭かったか!? 呪いが解けて皇帝からも下りたから素が出てきてるんだろうか…。
「そんなことより今はこれだろ?」
エリスさんはローテーブルいっぱいに広げた大きな地図をトントンと指で叩く。
「大方、次に向かう国を決めたいんだろう。皇帝として一通りの国は行ったことがあるからな、なんでも聞いてくれ」
周辺国の情報が欲しいっていう相談は、さすがに露骨過ぎたか。エリスさんにはとっくに見破られているらしい。
「じゃあ……、ここはどういう国なんですか?」
エリスさんに促され、俺はテーブルに広げられた地図の中から一つの国を指さした。




