99 公爵邸はお城だった
公爵は、例の私が改造した馬車じゃなく、見たこともないピッカピカな馬車を迎えに寄越してくれた。二頭立てで。格好いい制服を着せた御者を二人もつけてくれて。
公爵のお金持ちアピールじゃないよね?
「さすがは公爵閣下。道中の安全を考慮されてのことですね」
え? レイモン、そうなの?
あー。そっか。公爵家の紋章を知らない平民でも、ぱっと見で、「この豪華な馬車は貴族の中でもかなり上位だぞ。ちょっかい出すとヤバいかも」と、思わせるってことね。
『金持ちアピール? この私が、そのようなつまらぬことをするとでも?』
あーもう。私の頭の中に勝手に登場しないでほしい。
公爵のムッとした顔が、なかなか消えてくれない。
「リエーフ。ローラ。マルティーヌ様をよろしく頼みましたよ。ドニもマルティーヌ様の滞在中は公爵邸に詰めることになっているので、何かあればドニを頼るように」
リエーフとローラが揃って、「はいっ」と威勢のよい返事をしている。なんだかやる気満々に見えるけど、何をするつもり?
「マルティーヌ様……。数週間とはいえ、公爵邸で学ばれた暁には、きっと見違えるほどご立派な令嬢になられることでしょう。お帰りになった時のお姿を想像するだけで私は涙が出そうになります」
え? 私、すごく期待されているんですけど?
公爵邸で鍛えられると、そこまで変身するものなの?
「レイモン。留守をお願いね。私もリュドビク様の期待に応えられるよう励むとするわ。モンテンセン伯爵の名に恥じぬよう頑張らないとね」
まだ覚悟が決まった訳じゃないけれど、別れ際にみんなを心配させる訳にはいかないからね。
今生の別れでもないのに、大勢の使用人たちが勢揃いで見送ってくれている。
アルマやケイトまでもが表に出てきて、そしてちょっとだけ涙ぐんでいる。
既に馬車の中には、道中の私のおやつと、公爵への手土産がわんさか積まれている。
フットマン役の御者の手を借りて馬車へ乗り込み、窓を開けて使用人たちに手を振る。
「皆さん、見送りありがとう。留守の間、年越しの準備をよろしくね。では行ってくるわ」
全員が「行ってらっしゃいませ」とお辞儀をして、私を送り出してくれた。
もちろん、馬車に乗り込んですぐさま座席を例のヤツに改造した。だって二泊三日の旅だからね。
領地を出て三日目。
王都に入ると道が石畳に変わり、その幅も段々と広くなる。
瀟洒な建物が立ち並ぶエリアを抜けたな、と思っていたら、いつの間にか木立の中を走っていた。
王都の中に避暑地的なエリアがあるとは驚き。
道が緩くカーブしていたので、馬車の進む先に大きな門扉があるのが見えた。門扉なんて言い方だと陳腐すぎて相応しくないな。
あのサイズはゲートだ、ゲート!
ビバリーヒルズの大豪邸で、ウイーンと電動で開くようなゲート。あれのゴシック版だ!
塀の代わりに、高さ三メートルほどのパルテノン神殿の柱みたいなのが等間隔で並んでいて、柱と柱の間には鉄柵がはまっている。
そして中央のゲート部分は、鉄の門が両開きに開くデザインだけど、多分、片方の扉だけで幅三メートルくらいありそう。
その鉄の門を支えている両側の部分は、塀よりも高く、おそらく四、五メートルくらいはあるかな? 巨大な柱が四本ずつ四角く固まってドーンと建っている。
馬車はゲートの前で止まった。お行儀が悪いけど、ちょっとだけ窓を開けて様子を観察した。
門番らしき男性が門を開けている。
ぅえ? 門のそばに小さな家があるけど、もしかして門番さんの家?
えぇぇぇ?!
と思っていたら馬車が動き始めたので慌てて窓を閉じる。
向かいでローラもハッとしていた。ふふふ。私を注意することも忘れて、おんなじように見ていたんでしょ?
わかる。わかるよ。とんでもないお屋敷の予感がするもんね。
きっとゲートからしばらく走ったところにお屋敷があるんだろう――いつか見たテレビの記憶でわかった風なことを考えていたけど見事に裏切られた。
しばらく走ったところにあったのは第二ゲートだった。うっそーん!
そこは門番がいるだけで家まではなかった。確かに第一ゲートと比べると小さい。
そしてそして、何と第三ゲートを抜けたところに公爵邸はあった。
あったというか、ドデデデデーーン!! という感じで訪問者を圧倒するように鎮座ましましていた。
っていうか、公爵邸? 屋敷じゃないよね?
あれって――――――――お城だよねーっ!!
前世だと城と言われていた建物なんですけど?
だってベルサイユ宮殿とよく似ているもん。
ベルサイユ宮殿を初めて見たときも思ったけど、「いや、部屋数いくつあんのよ!」っていうくらいに巨大なホテルみたいだし。
それよりも何よりも金!
あの輝きは金じゃない?
今、馬車が止まっているところから公爵邸のエントランスまでの間に、綺麗な模様を描いている緑の庭があって――もちろん、そこかしこに色んな色の花が咲いている――、その庭を囲うように、これまた門があるんだよね。
その門が、鉄の門じゃなく、金で出来た門なんだよ! 鉄柵ならぬ金柵。そうとしか言いようがない。
その金柵の門を恭しく開けてくれた男性は、さっきまでのゲートの門番と違って、ちゃんとデザインされた制服を着ている。
こっからだ。こっからなんだね。
息を呑むほどに美しい庭を馬車がパカパカとゆっくり進んでいく。
よく見ると、庭の中には丸い池があるし、オブジェみたいに刈られたグリーンが点在している。
私じゃとても釣り合わないような景色に圧倒されていると、馬車が止まり扉が開けられた。
フットマンの用意してくれた踏み台を降りると、御伽話の世界というか夢の国に来たような感じ。
横にうーんと長い三階建ての宮殿は、全体的に薄いクリーム色の壁で、アクセントを付けるように規則的な紋様でベージュの装飾が施されている。
宮殿のエントランスには警備担当っぽい人が立っていて、彼らの数歩前で、にこやかな笑顔を私に向けて出迎えてくれた初老の男性は、レイモンよりも年上に見える。
おそらく上級使用人なんだろうけど、私なんかよりもよっぽど貴族っぽい。ああいう穏やかな表情が出来るようにならないといけないんだね……。
「モンテンセン伯爵。カラーリ城にようこそおいでくださいました。私は当家の家令のアーロンと申します。主人が待ちかねておりますので、どうぞ中へ」
『城』って言った!!
「マルティーヌ・モンテンセンです。若輩者ですし、皆様からは色々とご教授賜る予定ですので、どうか私のことはマルティーヌとお呼びください」
「恐縮でございます。それではマルティーヌ様。どうぞ」
アーロンさんはすごい。こんなお城の一切合切を任されている人なのに、こちらを緊張させることなく歓迎の意を表してくれた。
「行きましょう、ローラ」
「は、はい」
うわっ。ローラ、緊張しているね。まぁ無理もないか。ずっと田舎暮らしだったんだもんね。こんなお城に連れて来られたらビビるよね。
私は前世の記憶のお陰で何とか踏ん張れているけどね!
それにしても、さすがは公爵家。王家に連なる家系の人だわ。本来なら今世では別世界に住む人だったんだ。
公爵が食いしん坊キャラで、割と話しやすくて優しい人だったから忘れていたわ。
チクショウめっ! この超大金持ちめっ!




