95 護岸工事⑥
「そろそろ移動しましょうか?」
いい感じに空気を読んでくれたキーファーが声をかけてくれた。
私からは言い出しにくかったので助かる。
「そうね。本来予定していた工事ですもの。少しずつでも進めておきたいわ」
予定外の工事を始めてしまったのは私だけど、そこには触れないで格好をつけてしまった。
上流の蛇行の起点となっているところまでやってきた。
「キーファー。石灰も砂も砂利もまだあるわよね?」
「はい。多めにというご要望でしたので、まだまだたくさんございます」
だって、川の流れを変える訳だからね。蛇行している箇所の起点と終点は、ガッチガチに固めておきたいじゃない?
「そう。よかった。川の掘削は川上から川下に向かって進めていっていいのかしら?」
「はい。念の為ここから二メートルほど空けて掘削を始めていただければと思います。かなりの範囲を掘ることになりますが、大丈夫そうですか? やはり――来週からになさいますか?」
「いいえ。大丈夫よ。始めるわ。まずは掘削だけだから私一人の作業ね」
よしよし。川幅の目安は、あの小さな穴だったよね。両側にある穴の間が新しい川になる訳だから……。
まずは新しい川幅の端から端までの部分の、深さ一メートル分ほどの土を脇へ移してみよう。
私が膝をつくと相変わらずローラはムッとした表情になる。
ローラのことは気にせずショベルカーのイメージで、サクッと土の塊が動く様を想像する。
私が地面に両手をつくと、ほとんど一瞬でドスンと土山が出来た。
川底まで一メートルくらいだけど、どうかな? そもそも蛇行している部分の川底ってどれくらいなんだろう?
「キーファー。このまま真っ直ぐ掘り進めていこうと思うのだけれど、深さはどれくらい必要なの? 下流より深くしても駄目よね?」
「はい。現状と同じ程度で十分です。蛇行している部分の川底がだいたい二メートル程度ですので、それより浅くならなければ問題ございません」
「わかったわ。ありがとう」
キーファーは、興奮を抑えながら答えてくれているのが丸わかり。いいけど……。
山盛りの土は後で蛇行部分を埋めるのに使うから、作業員さんたちの出番はない。
何が便利って、直線部分に流れを変更するときの、蛇行開始部分との開通が、「えいやぁっ」で、一瞬でできることだよね。先に川下のところを繋げておかないといけないけれど。
私ってものすごく機能的な掘削マシーンだと思う。
そんなことより、掘削! 掘削!
ローラから「待て!」がかからないうちにジャンジャン掘ってしまいたい。
目印の穴は、おおよそ三メートル間隔で掘ってくれているみたいだから、穴と穴との中間に手をついて、三メートル分の土をごそっと移動させる。
最初は深さにバラツキが出ていたけど、四、五回ほどやると、ほぼほぼ目当ての深さ二メートルくらいまでをガバッと移せるようになった。
それでも数十センチの微調整は必要なため、さすがに橋のときのようにチャチャチャのチャッチャッという訳にはいかない。
想定していたよりも進捗が遅い気がするけど、ぐねっと蛇行している部分の直線距離は百メートルもないので、一時間もかかかっていないと思う。
キーファーの目の輝きを見れば、その順調さがわかるというもの。
掘り進んできた上流部分を見やると、結構すごい工事をしたなと思う。
「マルティーヌ様! まさか、今日一日で掘ってしまわれるとは思ってもいませんでした」
「あの土の山をそのままにしておきたくないでしょ? 川の流れを真っ直ぐにしたら、すぐに蛇行部分を埋めてしまいたいの」
「では、下流の蛇行終結点を新たな川と繋げていただけますか?」
「ええ」
最後の二メートルほどの土をえいやっと移す。
「おぉぉぉ」
キーファーが感嘆の声を漏らした。スコットは相変わらず声には出さずに賞賛の表情だけ。
直線部分と蛇行部分とがつながったけれど、水流はまだ蛇行したままだ。
とりあえず作業員を呼んで、橋のときと同様に川の水をかけてもらいながら、なんちゃってコンクリートを作って結合部分を厚目に固めておく。
「では上流の方へ戻りましょう」
先頭を歩くキーファーが私の歩幅を忘れて早足で歩いていく。もぉ……。
途中で振り返ったキーファーが私との距離に気づいて、ペコペコと頭を下げたりしながら、私たちは上流の蛇行開始箇所まで戻った。
「それじゃあ、いきますね」
えいっと、掘り残しておいた部分の土を一気にどかすと、ザーッと水が流れてきた。
「うぉぉぉぉ!」
キーファーが開通の雄叫び(?)を上げる横で、スコットは川べりにしゃがみ込んで静かに川面を覗き込んでいる。
大部分は直線を下っていっているけど、まだ少し蛇行する流れが残っている。
なので、山盛りの土で蛇行の起点部分をひとまず埋める。そしてコンクリートを作って、蛇行開始の穴埋め部分を補強する。
そこからは土山の埋め戻し作業だ。
川べりに積んでいた山盛りの土を埋め戻しながらコンクリートを流し込む作業を念入りに行った。
お昼の鐘が鳴るんじゃないかとドキドキしながらやっていたけど、それほど時間はかからなかったみたいで、ローラからの「そこまでです!」もなかった。
なお、例の畑を潰された農家は、蛇行部分の農地との交換で納得したとのことだった。
私からの餞別として、いったんカッチカチに埋めた後、上部四、五十センチだけは空気をほわっほわっに混ぜて、耕した状態にしてあげた。
こうして暴れ川の護岸工事は無事に終了した。
本当は残り二つの川の拡張工事もやってしまいたかったけれど、さすがにそれは諦めて来週に回した。
残りの二つの川は川幅が五メートル弱らしいので、拡張も掘削も五十センチほどで十分だという話だ。どうせ馬車移動に時間がかかるだけで、作業は十分かそこらで終わるはず。
とりあえず今日のところは、カントリーハウスに戻って工程管理表に大きな花丸を書いておこう!
書籍化作業が立て込んできたので、2、3週ほど、更新を休みます。
96話からは、貴族社会のお話になります。
まずは公爵(というか公爵家の面々)と真っ向勝負が始まる予定です。




