89 リエーフ考案のダンスレッスン
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騎士を採用する。馬を買う。宿舎とオーベルジュを建設する。
貯水槽の設置と護岸工事に追加で、新しいタスクが動き始めてしまった。
ある種の興奮状態にあった私は、傍目にも頭から湯気が出ているように見えたらしい。
ローラやレイモンから心配されたし、サッシュバル夫人にも度々、「講義中に集中力が散漫になっていらっしゃいますよ」とか、「休日の過ごし方について、もう少しお考えになられた方がよろしいのでは?」などと、苦言を呈せられた。
自分では、ぜーんぜん大丈夫と思っていたのに、久しぶりに熱を出して寝込んでしまった。
あれをやらなきゃ、これをやらなきゃと興奮状態が続いたので、知恵熱に近いものだと思う。
それでも熱は熱なので、自分で調合した解熱剤に助けられた。
一日で熱は下がったのに、レイモンとローラがここぞとばかりに、「十分な休養を取られてからでないと心配です」と言い張ったので、食事とお茶の時間以外はダラダラとベッドの上で過ごしている。
暇だなぁ。
三日目に復活して講義に臨んだ私にかけられた夫人の言葉が身に染みる。
「来月になれば年越しの準備などもございますでしょう? せめて今月は、休講日はしっかりお休みくださると約束してくださいますね?」
「……は、はい」
……仕方がない。今は「はい」としか言えない。
どうしよう。なんとかして夫人の機嫌を取らないと、護岸工事をさせてもらえないかもしれない。
まぁ夫人に止める権限は無いんだけど、へなちょこな私に、夫人の反対を押し切ってまでやれるタフな精神はない。
年内に工事を終わらせて派遣スタッフを次の仕事に回さないと、他の工程のスケジュールがずれ込んでしまうんだよねぇ。
夫人と顔を合わせても気まずくならないためには、どうすればいい? 何か秘策がないかなぁ……。
私の年内のスケジュールはかっつかつ――――あ! もう一つあった!
ダンスの基本ステップの習得だ。
年内にできなかったら、専門の講師を呼ばれるんだった……。
あぁぁぁ。それだけは絶対に嫌だ。
専門職の人って、尋常でなくダンスを愛している人だと思う。私のデタラメなステップを見たら、ダンスを冒涜しているように思われるかもしれない。
鬼教官に早変わりだ。絶対にスパルタだ。そうなるに決まっている。
くぅぅぅ。
ここはリエーフと真面目に練習した方がいいかも。
寝込んだ後の最初の休講日はダンスの練習に決めた。
ダンスの練習にしか使うことのないホールは、壁際の椅子以外は調度品などがなく、だだっ広い体育館みたいな感じだ。
冬はまだだと思うのに、妙に寒々しいのは何故だろう?
意外にもリエーフはやる気満々らしい。
「マルティーヌ様がどのようなステップを踏まれても、ついていけるだけの練習はしてきましたので、ご安心ください」
と、謎の叱咤激励をもらった。
私がどんなタイミングでどこに足を置こうと、必ず避けてみせます宣言?
まぁリエーフの反射神経なら、私がどれだけへっぽこステップを踏もうと、私の足を踏むことはないだろう。
でも、それをダンスの練習とは言わないよ?
「……はあ。ありがとう、リエーフ。『どんなステップ』って言われてもね、私はいまだにステップそのものが理解できていないの。二本の足を、右、左と交互に動かすだけで、どうしてくるくる回ったりできるのか。それも、兵士の行進みたいに規則正しいリズムとは違う複雑な間合いで動かすなんて――。とにかく、謎を解明しないことには動けない気がするの」
リエーフは小首を傾げて少し考えていたが、よい答えが見つかったらしく微笑んで言った。
「マルティーヌ様。それでは――正確なステップがどういうものか、一度体験されてみてはいかがでしょう?」
「体験?」
何ですか、それ?
「マルティーヌ様に私の足の上に乗っていただき、私がゆっくりとステップを踏むのです。マルティーヌ様はそのままで、ご自分の足がどのように動いているかをお感じになってください」
――――――――!!!!
ぅおぉぉぉう!
何、それ! いい! やってみたい!!
「リエーフ!! 名案よ! 名案だと思うわ! それが答えね。正解を体験するのね。やってちょうだい!」
「かしこまりました。では、私の足の上にお乗りください」
そう言ってリエーフは私の手を取って体を支えてくれた。
右、左と、リエーフの足の甲の上に私の足を乗せる。ホールド姿勢はこの際忘れて、リエーフの足の上から落ちないように両手でリエーフの腕をガシッと掴ませてもらう。
「マルティーヌ様。準備はよろしいですか?」
「ええ。大丈夫よ。ゆっくりお願いね」
「かしこまりました。それでは動きますね」
リエーフが、左足を前に踏み出したので、私の右足が自動的に後ろに動く。
うぉぉぉぉぉ!
そして、リエーフの右足が前に動くと見せかけて右横へ動いたので、私の左足が左へ流れる。
ひゃああ!
「マルティーヌ様? 大丈夫ですか?」
まだ左、右としか動いていないのに、リエーフが心配して止まってくれた。
興奮したのがバレた?
「大丈夫よ、リエーフ。それよりもすごいわ。パン、パン、って手を打つリズムで頭で考えて動いていたんだけど、全然違ったわ! これが正解のステップなのね! もう少し続けてちょうだい」
「はい。それでは最初からいきますね」
ぅぉぉぉう!
いつもならリエーフは膝を曲げたり伸ばしたりして体を上下に動かしているのに、今は一切無視して左右にだけ動いてくれている。
私がステップのリズムに集中できるように気を遣ってくれているんだ。
少しためてから足を出す感覚がわかる。
すごいっ! こういうことだったんだ!
リエーフ……君は天才か!
確かに正解がわかれば、自分の動きがどんなふうに違っていたのか理解できる。
それにしても左、右ときて、右、左に変わったり、ターンの向きも逆に回ったりと、頭で覚えようとするとやっぱりこんがらがっちゃう。足を出す向きも覚えられない……。
頭が悪いせいなのかな……?
「リエーフ。だいたいの感じはつかめたわ。でも一気に覚えるのは無理だから、動き出して最初の向きに戻るまでを、まずは完璧に覚えたいの。そこまでを繰り返してくれない?」
「かしこまりました」
そうしてリエーフの腕をつかんでいる両手が疲れるまで、私はもう無心でタン、タン、うーん、タン、タンとリズムをカウントしながら足の動きに神経を集中させた。
「ありがとう、リエーフ。少し休みましょう」
「はい」
汗はかいていないけど、ちょっと座りたい気分。
でも今までにない充実感! すごく前進したんじゃない? 私、もう少しでステップをつかみそうなんだけど!
「マルティーヌ様。お茶をお持ちしましょうか?」
ローラが声をかけてくれたけど、そんな風にガッツリした休憩はしたくないくらいにテンションが上がっている。
「いいえ。大丈夫よ。練習が終わってからいただくわ」
「かしこまりました」
「リエーフ。なんとなく体がステップを覚えた気がするの。今度は足を下ろして、自分でステップを踏んでみたいわ。最初のところだけ、いえ、できるところまで普通にステップを踏んでみるわ」
「では、普通の練習に戻すのですね」
「ええ。お願い」
そうしてリエーフとホールド状態を確認し合って、軽く顎でリズムを取って右足を引いた。
私の歩幅に合わせてリエーフが足を踏み込んでくるのがわかる。私はすかさず左足を動かす。
さっきまでリエーフが動いていた軌跡を辿るように、私たちは緩いカーブを描いていく。
――で、できた! 今、できたよね?
完全に元の向きになるまではいかなかったけれど、結構続けられたんじゃない?
「リエーフ……?」
「はい。正確なステップでした。リズムも問題ないと思います」
リエーフの屈託のない笑顔を見て、思わず頭を撫でるところだった。もー危なかったわ。
でもでも! やったぁー! やったやったー!
この調子で練習すれば、基本ステップは物にできるんじゃない?
次のダンスの授業で今やったところを披露すれば、夫人は驚いて感涙にむせび泣くかもしれない。
私の努力を認めて、きっと休講日の護岸工事にも反対しないはず!
光明が見えたどころか、ダイヤモンド富士くらいの眩しさを感じる!
しばらくの間、毎週金曜更新とさせていただきます。週一ペースですが更新は頑張って続けます。
『私が帰りたい場所は』と『転生した私は幼い女伯爵』の1巻の原稿もまだ改稿中なのに、『私が帰りたい場所は』の2巻(完全新作書き下ろし)の執筆が始まってしまいました。
相変わらず発売日等の情報を言えないままですが......
RGさんじゃないけど、「早く言いたい」




