83 優先順位はもう忘れよう
「ジジイに似ておるのぉ」
アレスターはそう言って目を細めた。
ん? お祖父様? 先代じゃなくて先々代に似ているから合格っていうこと?
「アレスター様! マルティーヌ様を乱暴に扱うのはお止めください!」
……おぅぉ。ローラが果敢に詰め寄っ――てはいないか。私の座っているソファーの後ろから、かろうじて声だけ出したらしい。さっきの行為を許せなかったんだね。
うん。まあ。やっぱりあの風貌はおっかないよね。でも、ナイスファイト!
「ほぉ? おぉぉぉ! お前――ローラか。お前も、このちび領主様にお仕えしとるんかぁ」
また、ちびって言った! この――この――人が気にしていることを!
「それで? ワシに用があると聞いたが? 随分とあちこちに手紙をばら撒いてくれたらしいのぉ」
挨拶は? 最初に挨拶でしょ!
「コホン。私がモンテンセン伯爵を継いだマルティーヌです。あなたがリエーフの師匠に当たる方なのですね?」
「おお、そうじゃとも! リエーフの働きぶりはどうじゃ?」
「あの――」
私は名乗ったのに、そっちはまだ名乗ってすらいないよね? それなのに――。
「アレスター様。まずは私が事情をご説明をいたしますので、別室にお願いできますでしょうか。マルティーヌ様。お騒がせしてしまい申し訳ございません。アレスター様とのお引き合わせは後ほど改めてということで。ひとまず私どもは下がります」
私を煩わせないようにレイモンが遮ってくれた。
……レイモン。なんか、大変な役回りだねぇ。
「わかったわ、レイモン。それではよろしくお願いね。親子でいらした方も後ほどご一緒にね」
「かしこまりました」
レイモンがうまくまとめたというのに、空気の読めない――いや、読まない? アレスターが、「なんじゃ? 後でとはどういうことじゃ? 話なら今ここで聞くぞ」などと言って、私の向かいに座ろうとしている。
おいおいおいおいおーーい!
「師匠!」と、叫ぶように声をかけてアレスターの体をぐいっと引っ張ったのはリエーフだった。
すかさずレイモンがドアを開けて、「こちらへ」と促す。
どこにそんな力があるんだろうと不思議に思うくらい、細身のリエーフが半ば体当たりするようにアレスターの体を廊下の方へ押している。
「わかったわい! こらっ、押すな。ふぅ」
やっと観念してくれたらしい。
「では、後ほど改めて伺うとするかのぉ」
アレスターはそんな捨て台詞を吐いて部屋から出ていった。
最後まで自分中心だった。私、領主なのに……。彼の雇い主だよね?
「マルティーヌ様。大丈夫でしたか? 驚かれたでしょう?」
「ええ。まあ」
なんて格好つけるけど、いや、めっちゃくっちゃ驚いたよ。何あの人!?
ローラは、「さすがにマルティーヌ様にあの態度はないと思います」などと、まだぷんすか怒っているけど、手だけは動かしてお茶を淹れてくれた。
「さあ、お茶をどうぞ」
「ありがとう。ローラもリエーフも、彼のことをよく知っているのね?」
あー。紅茶を一気飲みしちゃいそう。ぐびぐび飲んじゃった。
「はい――といっても、アレスター様は滅多にお屋敷に顔を出されませんので、私はあまり覚えていないのです。リエーフはごく最近までアレスター様に連れ回されていたので、アレスター様のことに関してはリエーフに聞くのが一番ですね」
そういえば放浪しているみたいなことを言っていたよね。お給金だけ貰って、他領をほっつき歩いていたの? それ、解雇されて出て行ったも同然じゃないの。えぇぇ? どういうつもり?
「冷めたかもしれませんね。もう一度茶葉を変えて淹れなおしてきましょうか?」
「このままでいいわ。それよりおかわりをちょうだい」
「かしこまりました」
おっとっと。アレスターのことを考えていたら、ちょっとイラッとして難しい顔をしていたのかもしれない。
美味しいお茶で気を取り直していると、ドアがノックされてリエーフの声が聞こえた。
「マルティーヌ様。よろしいでしょうか?」
「いいわ」
リエーフは部屋に入ってくるなり腰から上を一直線に綺麗に曲げて、「師匠が大変失礼をいたしました。本当に申し訳ありません」と詫びた。
「リエーフ。あなたが謝ることではないわ。それより彼のことを聞かせてちょうだい」
和ませたくてそう言っただけなのに、リエーフの表情が、「にっこり」を通り越して「うっとり」になったのを見て、まずい予感がした。
「はいっ。アレスター様は――アレスター様は無敵です! 誰であろうとアレスター様にはかすり傷一つ付けることは叶わないでしょう。戦に出たとしても鎧を着る必要などないほどです。たとえ数十人、数百人に囲まれようとも、アレスター様ならば剣を一振りするだけで五、六人は斬れます。息を切らすこともなく、あっという間に全てなぎ倒すお姿しか想像できません。アレスター様が何かを恐れたり怯んだりするなど、空が落ちてくるのと同じくらい無いことです。そもそも、この世にアレスター様に立ち向かうだけの気概を持つ者がいるでしょうか? アレスター様の纏う空気を見ただけで恐れをなして逃げることでしょう!」
ちょっ、ちょっと。待て待て待て待て待って!
おいおいおリエーフよ、いつからそんなに饒舌になった? ちょっと熱過ぎない?
今、私の頭には、「厨」で始まる病名が浮かんでいるよ。
「アレスターのことが大好きなのね、リエーフは」
「は? ……はい。はい!」
あっそ。八割方はリエーフの妄想だと思うけど、とにかくアレスターが強いってことはよくわかった。後はもういいや。
「ねえ、リエーフ。ディディエ――と言ったかしら? タウンハウスでお父様の警護をしていたのよね? もしかして、私が覚えていないだけで会ったことあるのかしら?」
ゲス親父のワードがリエーフを現実に引き戻したらしい。リエーフがハッとした顔で、「さあ。ディディエ様からその頃の話は聞いたことがありません」と急にトーンが下がった。
うーん。それってディディエ本人にとっては、黒歴史的なことだから思い出したくもない――みたいな?
「そう。まあ、どのみち本人に会うのだから別にいいわ」
「……はい」
リエーフの返事は歯切れが悪い。私は別に昔のことを思い出したからって泣いたりしないけど?
「マルティーヌ様。貴重なお時間をありがとうございました。私は持ち場に戻ります」
「あぁそうだったわね」
リエーフの定位置はドアの向こうだもんね。
リエーフが出ていくと、再びあれこれと思考を巡らす時間となった。
レイモンが探し回った騎士となると、騎士を育成する指導者に違いない。ちょっと思っていた人とはだいぶん違うけど。おまけに現役の騎士まで来ちゃった。
そうなると、五大計画のうちの五番目、「騎士団の設立」がぐぐぐっと進むことになる。もう、絶対、嫌でも進むと思う。
まぁとにかく、最初の指導者確保が完了した訳だから、その次のタスクに移る訳だ。
人員募集の方法検討。それと並行して、馬の手配や、専用の宿舎&厩舎の建設。やることがいっぱいある。
そのどれもが私の魔法じゃ出来ないことで、お金と人手が必要。とほほ。
そもそも、騎士団の規模すら考えたことがなかった。しかも四番目の「KOBAN」計画とも関連するから厄介なんだよね。
まず、警邏活動は徐々に規模と範囲を拡大するとしても、ちゃんと休みは取ってほしいし、ペアで活動してほしいし、訓練は労働時間の間に入れてほしい。
そうなると少なくとも――十人以上は必要なんじゃないかな?
近々でいうと、リエーフのペア要員がほしい。もう今すぐほしい。リエーフはあの日タウンハウスに来て以来、一日も休んでいない。……怖い。
いくら頼んでも休んでくれない。この世界の常識が恨めしい。
そうだ。それはさすがに師匠から言ってもらおう。騎士団設立計画の相談がてらリエーフを叱ってもらうのだ。
…………大丈夫……かなぁ?
なんか、アレスターって脳筋ぽかったよね。レイモンみたいに私の意を汲んで動いたりしてくれなさそう……。
さすがにこういう話は派遣スタッフに相談する案件じゃないし……。
どうしよう?




