81 常備薬作り③
気持ちを落ち着かせて、平常心という顔を作る。ふぅ。
「それでは、早速、薬の調合を教えてください」
「はい。では、最初に熱冷ましの薬でしたね。まずはこの乳棒で薬草をすり潰すところから始めます」
ジュリアンさんは、自分の前には大きめの乳鉢を、私には小さめの乳鉢を用意してくれた。
それぞれ薬草を鉢に入れ乳棒でスリスリとすり潰していく。
熱冷ましの薬草は、すり潰した薬草そのものを使い、安定剤のような役目の四種類の薬草は、濾した液体だけを使うらしい。
「ちなみにポーションにする際は更に特殊な材料を加えて、抽出と結合と変性の魔法で作るのですが、この状態でも十分効果がありますので心配いりません。ポーションほどの即効性はありませんので、回復までには少し時間がかかりますが」
「十分です。魔法が使えなくても作れることが肝心なので、私たちには十分です」
ジュリアンさんは満足げにうなずくと、先ほどの話題に戻した。
「味についても組み合わせを調べてみないことには何とも言えないのですが、ひとまず砂糖を少量入れて鑑定してみますか?」
「はい! お願いします」
ローラがあっという間に小屋を出ていく。本当に頼もしいんだから!
ローラが砂糖を持ってくると、ジュリアンさんは出来上がった解熱剤を試験管のようなガラスの容器に少量取り分け、砂糖を入れ凝視した。
鑑定をしているんだ……。
ガラスの容器を見つめているジュリアンさんの青色の瞳が、少しだけ紫がかった色に輝いている。
その色の煌めきといい、真剣な眼差しといい、研究モードの彼は格好いい。
もちろん研究モードじゃなくても格好いいんだけどね。
顔といい性格といい、ほんっとにジュリアンさんて素敵な人だと思う。結婚ありきのこの世界では、年頃の女性に追いかけ回されるような存在だと思う。
よく婚約せずに独身のままいられたものだわ。爵位は継げず平民になるとしても、薬師ってそれなりの高給取りな訳だし、結婚相手としては申し分ないよね。
――いやいや、こんな話はできないよ。セクハラになっちゃう。
でも、できることなら大らかな性格で優しい人と結婚してほしい。結婚後も(頻度は落ちるにしても)うちの領地に通ってほしいからね。せめて一人前の薬師が二、三名育つまでは。
そんな自分勝手なことを考えていると結果が出たらしい。
「効果は変わらないようです。ただ砂糖を入れたことで保管中に変化が起こらないとも限りません。出来るだけ早めに使うようにしてください。あと、次回こちらに伺ったときの経過観察用に、砂糖入りの薬と入れていない薬をいくつかこの部屋に残しておいてもらえないでしょうか?」
「もちろんです。私も一緒に研究ができて嬉しいです」
「そう言っていただけると私も嬉しいです」
二人して微笑み合う私たちは、もう立派な師弟だよね?
そこから私は、それぞれの薬草の量を揃えるところから教えてもらい、潰して混ぜて濾してを何度も繰り返した。
ジュリアンさんが帰った後も調合を続けるため、砂糖を入れた薬と入れなかった薬をローラにも試飲してもらった。完成系の味を知っている人間が多い方がブレないからね。
もちろん私も飲んだけど、どっちも美味しくなかった。
砂糖って、入れれば美味しくなる訳じゃないからね。それでも入っていないものよりは苦味を誤魔化せるのは確かだ。
追加の薬草を摘んできた少年が戻ると、痛み止めの薬も同じように作る。
少年には熱冷ましの薬の調合とその味も覚えてもらわなければならない。うちの将来の薬師だからね。
ジュリアンさんの滞在中に出来るだけいろんな薬の在庫を積み上げていきたい。
三日間かかりきりになれたらいいんだけど、私には『勉強』がある。
仕方がないので弟子となった少年に任せるしかない。
ラッキーなことに、少年は飲み込みが早く手先も器用だった。
「彼はいい薬師になりますよ」
ジュリアンさんからの折り紙つきなので、安心して任せることができる。
少年の耳にも領民からの薬の要望は届いているらしく、打撲による腫れを軽減させるような湿布薬や、腹痛を和らげる薬(その派生でいわゆる下痢止めも)の調合をジュリアンさんに請うていた。
「そういえば来月はもう秋が終わって冬が始まる頃ね。屋外の薬草畑に霜が降りたりするのかしら?」
ふと思ったことを口にしただけだけど、私の言葉に少年も急に心配になったらしく、ジュリアンさんに尋ねた。
「マルティーヌ様のおっしゃる通り、この辺りも霜が降りることがあります。雪は滅多に降りませんが、薬草は大丈夫でしょうか?」
「フランクール公爵領でも、ごくごく稀に雪が降ることがありますが、晴れて日光にあたれば問題なかったです。成長は遅いですがね。ただ、長く雪に埋まり曇天が続くようであればわかりません」
天気ばかりはわかんないよね。
「今から心配してもどうしようもありません。駄目になったときは、どういう条件が続いてそうなったのか、後学のために記録を詳細に残しておいてください」
ジュリアンさんはどこまでも研究者だ。
「はい、先生。でも少しくらいの雪なら水で溶かすことができると思いますので、なるべく日光にあたるよう気をつけます」
「そうですね。それがよいと思います」
三人揃って、「よかった。よかった」とうなずき合う。
滅多に雪が降らないというのは、寒さが苦手な私には朗報だわ。
「あ。それでは、冬の間も雪で道が閉ざされない限りは、こちらに来ていただけるのでしょうか?」
「ええ。もちろんです」
にっこりと微笑むジュリアンさんの笑顔は、抜けるような青さの秋晴れの空を思わせた。
ジュリアンさんの三日という短い滞在期間はあっという間に過ぎ、大量のマカロンをお土産に渡して見送ったのだった。




