8 ほっこりイケメンとの出会い
目抜き通りには、一目見て貴族御用達という店構えの高級店がいくつもあった。
ただ、店頭に商品を展示している店は少なく、何を売っているのか不明な店が多い。
そんな中、甘い香りを頼りに歩いていくと、行列のできている菓子店を見つけた。
くぅー。上がるわー! もうテンション爆上がりだわ。
甘い物を食べて横になれば、大抵のことは忘れられるものねー!!
「ねえローラ! 私たちも並びましょう!」
「マルティーヌ様。ご令嬢はそのようなことをなさりません」
「もう! じゃあ、あなただけが並んで、私はここで一人で待っていればいいの?」
「まさか! マルティーヌ様をお一人になんてできません」
だよね?
「それにほら。お茶会で着るようなドレスじゃないでしょ? 今日は貴族令嬢として来ている訳じゃないし」
地味とはいえ、十分貴族っぽいことはわかっているけどさ。お願い!
「……はぁ。今日だけ、これっきりにしてくださいませね」
「ありがとう、ローラ!」
うっふっふっ。
無事にクッキーをゲットできた。
お会計のときにお金を持っていないことに気がついて青くなったけど、当たり前のようにローラが払ってくれた。そういうシステムなんだ……?
それにしても、甘い物に関するマルティーヌの記憶があやふやなんだよね。だから実食あるのみ。この世界の実力を見せてもらおうじゃないの。
買い物をしたことで散策に満足していたら花屋を見つけた。
花屋は店先に花を並べているので立ち寄りやすい。
私は一際大ぶりな花に引き寄せられた。
母親はダリアの花が大好きだった。初夏から秋にかけて、じいじはダリアの開花が途切れないように、ものすごく気を配ってくれていた。
「このダリアを一本ちょうだい」
「かしこまりました」
「ではこれで」
お財布係のローラが支払う。
ダリアの花を愛でながら歩いていると、ローラに、「そういえば庭にもたくさん咲いていましたね。ダリアがお好きなのですか?」と聞かれた。
「お母様が好きだったの。だから私も大好きよ」
ただ好きだと言ったつもりが、ローラに、「申し訳ございません」と謝られてしまった。
迂闊に母親を引き合いに出して気を遣わせてしまった。こちらこそごめんなさい。
「あら? あれって……」
何気なく横道の先の方を見ると、開けた場所に一体の像が設置されていた。
「ねえローラ。あそこくらいなら大通りから外れても大丈夫よね?」
「はい。見えなくなる訳ではございませんから」
見捨てられたように立っていた像は、この国を興した王の像だった。
ローラが下草を払うように踏みしめてくれたお陰で、すぐ近くで鑑賞できた。
「この地を開いた類まれな魔法使い」と刻まれている。
初代の王にしては簡素な碑文だな。
長らく清められていない像は薄汚れ、供え物を置くための台には枯葉が溜まっていた。
「この方のお陰で私たちは豊かな生活を享受できているのにね。なんだかお気の毒だわ」
「さようでございますね」
私が枯葉を払うと、ローラが慌ててハンカチを取り出して私の手を拭いた。あらま。
私が汚すとローラに手間をかけるんだね。
「マルティーヌ様。私にお任せを」
そう言うとローラがハンカチとは別のタオルのような布地で、手の届く範囲を清めてくれた。
すごいローラ。そんなものを常備しているとは。
「ねえローラ。もう一枚綺麗なハンカチはある?」
「はい。ございます」
本当にすごいわ、ローラ。もしもに備えて予備のハンカチも用意していたとは。
ローラからハンカチを受け取って供物台に敷き、その上にダリアを供えた。
「お優しいのですね」
不意に背後から男性に声をかけられ、私はギョッとして振り返った。
ローラはもろに迎撃態勢だ。私を体の後ろに隠すように立ちはだかった。やだ、顔怖すぎ。
そんなローラに引き気味に青年が詫びた。
「驚かせるつもりはなかったのです。突然声をかけてしまい申し訳ありません。つい感心してしまって……。私もあの大通りからこの像を眺めては、放置されている様子が気になっていたのです。ですが、あなた方のように行動には移せませんでした。大通りからあなた方の様子を見て、誘われるように来てしまったのです」
二十歳前後くらいの青年は、大きなカバンを大切そうに抱えて、澄んだ瞳で申し訳なさそうにそう話した。
彼の髪の色と瞳の色は、まるでその性格を表しているみたい。今日の雲ひとつない晴天のような晴れ晴れとした青色をしている。
なんて優しい眼差し……。
にっこりと微笑む青年を見ているだけで、何だかほっこりとした気持ちになる。
「では、どうぞお好きなだけご覧になってください。私どもは退散いたしますので」
え? そうなの?
ローラの言葉から鋭さが消えないのはなぜ? 悪い人には見えないのに。
「ああどうか、そのようなことをおっしゃらないでください。確かに警戒されて当然だとは思います……。ですが、お近づきになりたいとか、そういう不埒な考えから声をかけた訳ではないのです。本当にあなた方を見ていて、自分で掃除をした訳でもないのに、なぜだか心が洗われたような、そんな気持ちがしたのです。邪魔者は去りますので、お二人はごゆっくりお過ごしください。それでは失礼いたします」
青年はそれだけ言って軽く頭を下げると、穏やかな笑みを浮かべたまま背を向けて歩き出した。
ローラは、青年が大通りに消えていくまで、その背中を睨みつけていた。
「そんなに警戒しなくてもよかったのではなくて?」
「マルティーヌ様。身元のわからない男性と気軽にお話しなさってはなりません。相手にどのような心づもりがあるのか、見た目からはわかりませんから」
そ、そうなんだ。お嬢様って大変だね。
「こ、これからは気をつけるわ」
ローラは警戒を解くことなく、「やはり大通りに戻りましょう」と、きっぱりと言った。