75 収穫祭④
メイン会場へ戻ると、私は、「STAFF ONLY」っぽい、会場の端の方を歩かされた。
端からでも櫓はよく見える。盆踊りの中心にあるような簡易的な櫓だけど、四角ではなく細長いステージのように作られている。
そんなステージの前では、既にあれこれと料理をツマみながらお酒を飲んでいる人たちがワイワイ騒いでいるから、会場内を突っ切ることができないんだと思う。
途中すれ違った婦人連合の料理担当っぽい人たちは、料理の載った大皿を持って歩いていた。
「マルティーヌ様たちが壇上に上がられますと、どうしても皆、近くまで押し寄せてしまいますので。料理等は逆側に置くようにしたのです」
レイモンは何でもないことのように教えてくれた。
でもなんかちょっと。心配になってきたんですけど……。
両手を背中で組んだ警備員に櫓を取り囲んでほしいかも……?
櫓が設置されている方とは反対側の端に、これまた大きなテーブルがずらりと並んでいる。
さっきの人たちはそこへ料理を運んでいるのだ。
広場は基本的に立ち飲みスタイルのようだけど、みんな慣れたもので、グラスや小皿が置けるように木箱を積んでテーブル代わりにしている。
そういうところは、いかにも収穫祭っぽくて面白い。
私が見せ物のごとく置かれる櫓は、マンションの二階のテラスくらいの広さだった。
それでも奥行き三メートル近くあるから、結構広い。マンションなら億ションになるのかな?
背の低い私でも、櫓の上に上がると広場にいる全員から見られる。視認性はバッチリだ。
私だって手すりから下を見下ろせるんだけどね。
そして本当に人が寄ってきた。うわぁー。
――あれだな。節分で芸能人が豆まきしているときみたいな距離感だ。それは神社によるか……。
櫓の両側には、収穫祭の目玉とも言える農作物が山積みされている。ふふふふ。これの提供主は、領主であるこの私。
農作物の横に、ケチャップやマヨネーズも、量的にはわずかだけどしっかりと目立つように置かれていた。
よしよし。気になるでしょ? 気になったら大皿料理と一緒に置かれているから試食してみてね。
櫓に上がる階段の下にケイトがいるのを発見! 裏で調理してくれていたんだ……。
ローラも気がついたようで、小声で「行って参ります」とだけ言い残し、足早に彼女の元へ向かった。
ローラはケイトとヒソヒソと話すと、すぐに戻ってきて私の指示を請うた。
「マルティーヌ様。たった今ケイトから『出来上がった』と連絡がございました。公爵閣下もそろそろお戻りだと思いますので、料理をお持ちしてよろしいでしょうか?」
「そうね。じゃあお願い」
ふっふっふっ。
わざわざ当地までご足労いただいたお礼に、公爵には特別料理を用意しているのだ。
私がローラとコソコソ話している間、レイモンも誰かと話をしていた。
相手の男性は一目で聖職者とわかる格好をしている。前世の司祭がミサで着ていたような、締め付けのないロング丈の白い服。
これは……! 急いで櫓から下りると、私に気がついたレイモンが紹介してくれた。
「マルティーヌ様。こちらは司祭様です」
もう、いかにもって感じの好々爺だ。いくつだろう? 七十を超えているかも……。
「フランシス様はこの領地を見捨てずにお残りくださったのです」
うわぁ。そんなことして教会の本部(?)に叱られたりしなかった?
「フランシス様。ご挨拶が遅れたことをお許しください。当主を引き継ぎましたマルティーヌと申します。どうぞ、私のことはマルティーヌとお呼びください」
人の良さそうな老人は、優しい眼差しを向けてくれた。
「いえいえ。私どもこそ司教様の件に関しましてはお詫びをしなければなりません。声高に唱えている本来の理念と相反する行為です。本日も、本来ならば司教様が列席するのが相応しいのですが、私の力不足で調整できませんでした。本当に申し訳ございません」
えぇぇ。そんな、いいのに。上司の代わりに部下が謝るなんて、お辛い……。
「どうか頭をお上げください」と私が言うと、すかさずレイモンが、「フランシス様。教会の修繕等につきまして、後見人のフランクール公爵閣下からお話があるとのことです」と割って入った。
お! そんなことが――と思ったら、櫓に向かって歩いて来る公爵とギヨームの姿が目に入った。
グッドタイミング。そうか、レイモンはいち早く二人に気がついたんだね。すごい!
フランシスさんにニコニコと見送られ、私は櫓に用意された席へと追いやられた。
ここからは大人たちの時間だそうだ。
公爵とレイモンで、今後の寄付のあり方や、教会との付き合い方を調整してくれるんだろう。
私は決まったことに素直に従うことにする。
そんなことよりも!
私と公爵――もしかしたら司祭様も? ――の席に並べる料理の最終確認をしなくっちゃ。
例のスペシャルメニューだけは蓋をした状態で出してもらうことにしている。
だって驚かせたいからね。
細長いテーブルに椅子が二脚なので、フランシスさんは辞退したのかもしれない。領民たちと一緒にお祝いする方を選んだのかな?
大人たちの話し合いが終わり、公爵が席に着いたので、私も隣に座る。
レイモンが右手を挙げると、ジャジャジャーンと鳴り物が響いた。
その合図で会場にいる人々が一斉に拍手した。
中には、「マルティーヌ様!」などという掛け声も飛んでいて、相変わらず照れる。
司会進行役のレイモンがもう一度手を挙げて、「静かに!」と制すると、ピタッと歓声が止んだ。
「まずは品評会の優秀賞の表彰を行う。選ばれた者は前に出るように」
会場内から「うぉぉ」というどよめきのような声がする中、ついさっき選んだ人たちが私のいるステージ(?)の真下までやって来た。
そこには朝礼台のようなものが置かれていて、三人はその上に上がらされている。
レイモンに小声で呼ばれた私も立ち上がり、ステージの手すりから少しだけ体を出して顔をのぞかせる。
なるほど。用意された朝礼台が結構高いから、そこに男性が立つと、ステージに立つ私とほぼ身長差がなくなる。いやむしろ、彼らに見下ろされている――。
きっと贈呈者に公爵とかを想定して作ったんだな。
「ここにいる三名が今年の最優秀を取った者たちだ。彼らの努力を、盛大な拍手で讃えるように」
今までで一番大きな歓声が上がった。それだけ素晴らしいことなんだね。
「それではマルティーヌ様。賞金の授与をお願いします」
そう言ってレイモンから渡された小袋は、見た目よりもズシリと重かった。
すごい。目録じゃなく現金を渡すのか。そりゃあそうか。
「おめでとう。来年も期待していますね」
「あ、ありがとうございますっ」
賞金を手渡して、ちょっとだけ可愛い子ぶって笑ってみる。
相手は感極まったように瞳をうるうるさせているけど――うん。やってて気持ちが悪い。やっぱ、やめておこう。
二人目と三人目には塩対応になってしまった。
三人が群衆の中に吸い込まれ、台が片付けられると、レイモンがわかりやすく目配せをしてきた。
このまま挨拶アンド「いただきます」の号令に移るらしい。
くぅー。挨拶か。自信ないんだよねぇ。
前年の挨拶とか、何かサンプルがあればよかったのに。何にもないところから考えるのって、すごく大変!
あー。すごい見られてる……。
きっと後ろで座っている公爵も、「お手並み拝見」とばかりに見ているんだろうな。
「皆さん! こんにちは! 天候にも恵まれて、このように素敵な収穫祭が開催できたことを大変嬉しく思います。準備をしてくれた皆にもお礼を言います。本当にありがとう」
裏方っぽい人たちが、仕切り板のような所からわらわらと出てきて手を振ってくれた。あ、ケイトやアルマもいる!
あ、そうだ。レイモンからこれだけは忘れずに言っておいてほしいと言われていたんだった……。
「今年は例年になく規模の大きなお祭りになりましたが、ここにいらっしゃるフランクール公爵閣下からご後援を賜ったお陰でもあります。私が成人するまで後見人を務めてくださいます公爵閣下に、どうか皆さんからもお礼を言ってください」
会場から拍手が湧き起こり、「ありがとうございまーす」の大合唱となった。それに応えるように、公爵が立ち上がって軽く手を挙げた。
すると、どこからか「きゃー!」というような悲鳴にも似た声が混じる。
まぁわかる。公爵はこういう仕草が板についているよ、ほんと。高位貴族様でいらっしゃる。格好いいね。
私もゆったりとした動作で公爵にお辞儀をする。それを受けた公爵が座るのを待っていると、レイモンからそっとグラスを渡された。搾りたてのオレンジジュースに日が当たってキラキラと輝いている。
大丈夫。忘れてないよ。スピーチの最後は乾杯の挨拶だったね。オッケー。
「今年はおしなべて豊作で、会場にあるように様々な農作物が豊かに実りました。家畜も病気にかかることなく順調に育ち、加工品の出荷量も増えたと聞いています。幸いなことに、大きな災害もなく平和に過ごせた一年だったのではないでしょうか。皆さんの幸せそうなお顔を見ることができて私も嬉しく思います。来年もまた、皆さんの努力が報われ実りの多い年になることを祈って、大いに食べて飲んでください。それでは、乾杯!!」
会場のあちこちで、「乾杯!」という声が上がり、一気に騒がしくなった。
グラスを酌み交わす人々を見ていると、何だか幸せを分けてもらえた気分になる。
ほんと、みんなに幸あれっ!!




