74 収穫祭③
「マルティーヌ様だぁ!」
「うわあっ! マルティーヌ様!」
――私。アイドルにでもなった?
私を見つけたら叫べと、誰かに言われているの?
公爵が嫌でも目立つから、そりゃあ側にいる私にも気がつくよね。
とりあえず控えめに微笑んでおいたけど、それだけで歓声が上がるから二度びっくり。
そんな風に注目は集めるものの、もみくちゃにされることはなかった。
それどころか、私が一歩進めばその分、領民たちが引いていく。
通りすがりに肩をポンポン叩かれたり、握手を求められたり――とかはなかったから一安心だけど。
まぁ、そりゃそうか。平民にとって貴族とは、気安く触れられるような存在じゃないもんね。
そんなことをしたら、最悪、命を落とすことだって考えられる。
公爵とギヨームはメイン会場の様子を見て回るらしく、品評会に参加する私とはいったん別行動となった。
ローラも私の昼食の準備のため、ひと足先にメイン会場へ行くため、品評会へはレイモンとリエーフと私の三人での参加だ。
メイン会場から家畜の品評会の会場までは、歩いてほんの十五分くらいの距離だった。
会場といっても、取り壊すことを前提にした、取って付けたような柵に囲まれた一角が点在しているだけだ。
きっと、私が「一番」を決めたそばから撤収していくのだろう。
「マルティーヌ様。まずはこちらからお願いします」
レイモンにそう言われて連れてこられたところには――牛! 牛がいっぱいいる!
牛ってこんなに大きかった?! いや、十二歳の目線だからそう感じるのか?
うわぁ。関係者たちが、柵が倒れないように押さえているよ……。急に暴れたりしないよね……?
「マルティーヌ様。もう少し近くまでいらっしゃっても大丈夫です」
レイモンの口調はいつもの真面目な感じなんだけど、なぜか笑っている気がする。
私が柵に近づくと、それまでそこにいた人たちがサーッといなくなった。
お陰で牛たちがよく見えるけど、それは私もみんなからよく見えるっていうことだった。
――見られている。ものすごく見られている。
挨拶は昼食時だったよね? でも、ここはここで声をかけるべきなの?
「これよりマルティーヌ様が最優秀の牛を選ばれます」
――あ。ぐずぐずしているうちに、なんか始まっちゃった。
レイモンに促されて、じっと牛たちを見るけど……。
わっかんないよーー!! 全然わかんない。
「こちらにいる牛は、実績のある農場主がそれぞれ自信を持って選んでおりますので、どれを選ばれても問題ございません」
レイモンが小声でそうアドバイスしてくれたけど、そうじゃなくて、選考ポイントを教えてほしい。
お腹の膨らみ方とか毛の色とか、なんかそういうのを。
レイモンの方をチラチラと窺っても、うんうんと小さくうなずくだけ。もぉー。
仕方がないので、見た目で選ぶことにする。
目と目が合ってビビッときたら――ビビッと――目が合ったら――――。
ぜんっぜん、こっちを向かない! 一頭も!
わかった。こうなったら、最初に私の方を見た牛にする。
さあ来い! ほらっ! 今だぞ! ほらっ!
いやいやいやいやいや。どうして? 柵は私の胸までの高さだから、ちゃんと顔は見えるはずなのに。
牛じゃなくて領民たちの視線ならビシバシ浴びているんですけど。
「オホン! これが一番だと思うわ。この牛」
一番近くにいた牛を指差した。私に近寄ったもん勝ちにした。
途端に、「うぉぉ」と低いどよめきが起こった。
レイモンが近くにいた人に二言三言指示し、「最優秀の出品者はこちらに来てください」と声高に言った。
どこからか、「はっ、はいっ!」という返事が聞こえたので、声のした方を見ると、柵を押さえていたうちの一人が慌てて柵から手を離して棒立ちになっていた。
周りから、「早く行けよ」とか、「やったな」と声をかけられながら、レイモンの前まで進み出た。
一応、「おめでとう」と声をかけたけど、その人は、私の目も見ずに、「あ、ありがとうございます」とうつむいてしまった。
うーん。
誰かから聞いた先々代の思い出話では、もっとフランクに住民と触れ合っていたよね。
私、触れ合いが足りていないね……。
最優秀の牛の出品者は、レイモンから表彰式の説明やら褒賞などの説明を受けると、仲間たちのところへ足早に戻って行った。
「次は豚になります」
レイモンは上機嫌でそう言うと、「こちらでございます」と先導してくれた。
豚は牛の逆で、一斉に私目掛けて集まって来た。
豚同士で押し合いへし合いしながらブヒブヒと鼻を鳴らしている。
ボリューミーな豚を想像していたけど、集められているのは全部子豚だった。薄いピンク色が可愛い。
よしっ。これはちゃんと見て一番可愛い子を選ぼう!
――って思ったけど。全然違いがわからない。ほんと、わっかんない。うぅぅ。
「この子にするわ」
もう目をつぶって、えいやぁーと指差す感じで、真正面にいた子豚ちゃんを選んだ。
意外にも所有者はすぐ近くにいたらしく、「うぉぉぉぉ!」という勝利の雄叫びが耳元近くで聞こえた。
よく自分のところの子豚だとわかったね……。
子豚の出品者も先ほどの牛の出品者と同様にレイモンから説明を受けては、家族と抱き合って喜んでいる。
そういえば最優秀の賞金だか商品だかを聞いていなかった。
「ねえ、レイモン。最優秀に選ばれた人たちには何をあげるの?」
「賞金と、来年までの一年間の優先的な取引権が与えられます」
「優先的な取引?」
「はい。領主館が買い付ける量の三割が割り当てられるのです」
「それは――相当に嬉しいものなのね?」
領内にどれくらいの畜産農家がいて、どれくらいを出荷しているのか。カントリーハウスの仕入れ量がどれくらいなのか。
それらが私の頭の中に入っていないから、ご褒美の有り難さが今ひとつピンとこない。
「もちろんでございます。名誉もそうですが、領主館の買い付け価格は、一年を通して変動せず少し高めに設定しておりますので。農家にとっては安定した収入となります」
ほうほう。それは嬉しいよね。
「次で最後になります」
牛、豚ときたら次はもちろん鶏。しかも卵も一緒に並べられていた。
もう鶏に関しては最初からお手上げ。というか、絶対に出品者たちもわかっていない。
出品者は誰も鶏を見ておらず、自分の置いた卵がどれかだけを気にしているんだもん。
「柵の中の鶏は、この後、全て領主館に納められます」と、レイモンが苦笑いを我慢して教えてくれた。
だから卵で選んでね、ってことなんだ。
卵って確か、全体の大きさと黄身の大きさは比例していたような……。大きければそれだけ黄味も大きくなるんだったよね?
卵を割るのは面倒臭いので、一回につき白身も黄身もたくさん入っている大きな卵を選ぶことにした。
選ばれた人は――以下略。
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