72 収穫祭①
「大地の恵みに感謝し来年の豊作を願う祭りです。もう随分と長いこと、収穫物を並べた会場で、持ち寄った食材でそれぞれが料理して食べるだけの細々とした祭りになっておりますが――」
はい! ゲス親父のせいですね! 久しぶりに思い出したよ。
「それは大切なお祭りだわ。税を納めてもらっているのですもの。来年の豊作どころか、今年の豊作にも感謝して、領主として領民に存分に振る舞いたいわね」
レイモンは私から望む答えを引き出せたらしい。
「それでは、今年からは以前のやり方に戻させていただきます。家畜の品評会なども復活させたいのですが、よろしいでしょうか?」
おう! そういうのってお祭りらしくていいんじゃないの。
「もちろんよ。今年の税収も問題なかったのでしょう? 今まで出来なかった分まで、盛り上げてほしいわ」
「かしこまりました。それから招待客につきましては、私からフランクール公爵へご相談させていただいてよろしいでしょうか? 少し込み入った事情がございますので」
え、何? 気になるんですけど。
「事情って?」
レイモンは一瞬だけ逡巡する素ぶりを見せたけど、観念したようで一呼吸間を空けてから話してくれた。
「教会との関係修復でございます。モンテンセン伯爵領にも長く司教様がおられたのですが、その――」
やだ。やだ。その続きは何となくわかるよ。あのゲス親父が登場するんじゃない?
「先代のニコラ様が教会への寄付をおやめになったため、引き揚げてしまわれたのです。実は王都でニコラ様の葬儀と埋葬をする際にも危うく拒否されてしまうところでした。代替わりするということで、これまでの分もお詫びして、引き受けていただいたのですが」
出たよー。まだ悪行があったのかー。
なるほどねー。葬儀のためにレイモンが駆けつけた訳だ。そうなるってわかっていたから、首を縦に振ってもらえるよう、かなり包んで渡したんだね。
そういえば、昔、ヨーロッパとかだと教会も税を取っていたんだっけ?
世界史は得意じゃないからなー。まぁここじゃ領主が寄付という形で代表して納めていたのかも……?
宗教とは差し障りのないように付き合った方がいいんじゃない? あんまり相手を怒らせないように……。寄付で済むなら寄付しようよ。
「この件は公爵閣下もご存じでして、『ひとまず相手の出方を見るとしよう』とおっしゃっておられました。こちらが迂闊に「詫び」という形で話を持っていってしまうと、相応の対応を要求されかねませんので」
なるほど……。延滞金とか何とかでふっかけてくるかも、ってことだね。
それにしても、私の知らないところで大人同士が色々と相談して決めてくれていたんだね。ありがたい。
「そうだったのね。じゃあ、その件に関してはあなたに任せるわ」
「かしこまりました。それでは私は収穫祭の開催にあたり、必要な相談を公爵閣下にさせていただきますので、マルティーヌ様からは純粋にご招待という形でのご案内をお願いいたします」
「わかったわ。後見人て、こういう領地のお祭りにも顔を出すものなのね」
「はい。一年の中でも節目となる大きな行事ですので。ご多忙のためご欠席される場合でも、おそらく何かしらご用意されるのではないでしょうか?」
へぇ……。それって、お祝いの品的な? じゃあ参加する場合は、ご祝儀袋みたいなものを持参するのかな……?
「もし公爵にご参加いただける場合は、私が案内しなくてはならないわね?」
「はい。と申しましても、お二人とも少し高いところから観覧されるだけですが」
ふーん? 全然ピンと来ないけど、領民たちが楽しんでいる様子をニコニコと見ているのが当日の私の仕事なのかな?
まぁ公爵には豪華な卓を準備すればいいだろう。
「最後にもう一つだけ――」
「あっ」と何やら都合の悪いことを思い出したらしく、レイモンは慎重に言葉を選んでいる。
「領民たちは、日中も食べたり飲んだり踊ったりと、好き好きに騒いで楽しむのですが、夜が更けて最後の鐘が鳴ったら、それを合図に全員で踊るのです。先々代の領主様は、祭りの最後には皆の踊りの輪の中に入っていかれて一緒に踊られていたのですが……」
うぇぇぇっ! 無理! 絶対に無理!! 無理だよぉ。
あれだ!
私、未成年だし。夜更かしは駄目だよ?
思いっきりブルンブルンと首を横に振れば、レイモンも同意して慰めるように言ってくれた。
「マルティーヌ様はまだ幼くていらっしゃいますので、大人たちが密集して踊っている中に入られるのは危険かもしれません」
そうだ! そうだとも! 酔っ払いたちの間になんて入れないよ! 私、おチビさんだし。
他にも話し合った結果、領主からの提供ということで、会場の中心の祭壇(?)に大量の食材や綿織物などを並べることにした。
これらは祭りの後、領民たちが自由に持ち帰ることができるらしい。
それと、作物に関わらず横断的な農家の婦人部のような団体があるらしく、そこの調理部隊にケチャップやマヨネーズを大量に投入することにした。
要するにイベントでの宣伝みたいなものだから、めっちゃwinwinだよね。
私とアルマが開発したスイーツも――と言いかけたら、レイモンに即行、「それはやめておいた方がよろしいかと」と反対された。
「今のところ作れるのがアルマとケイトだけですので、食べた領民から問い合わせが殺到するかもしれません」
「そ、そうね。あれもこれもと欲張るのはやめるわ」
それにスイーツの材料は高価だから、そこまで気前よくは振る舞えないんだよね。
その代わり、ワインは樽で提供するらしい。
この世界でも水並みに安いワイン。慣れないよ……。
収穫祭は今月の最終日。
話を聞いたのが三週間ほど前で、バタバタしているうちに時間が過ぎ、あっという間に開催まで十日ほどになった。
収穫祭が終わるまで三大事業の方はいったん休止とし、派遣スタッフの二人には会場設営を頼んでいる。ほんと、あの二人はなんでも出来るんだよねぇ。
収穫祭のメイン会場は、領内各地から集まりやすい中心街近くの空き地だ。
なんでも櫓のようなものを簡易的に作り、私はそこに飾りのように置かれるらしい。
レイモンからは半日ほどいればいいと言われた。
「教会にお一人で残ってくださいました司祭様を招待いたしますので、是非、マルティーヌ様には領主として正式にご挨拶していただきとうございます。集まった領民たちにも一言だけ挨拶していただければ、皆、喜ぶことでしょう」
うわぁー。スピーチを考えなくっちゃ、だわ。
これで収穫祭まで勉強に身が入らないことが確定した。すみません、サッシュバル夫人。
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