66 ダンス……あぁダンス……
「二つ目は厳しい話になる」
うぇ?!
「な、何でしょうか?」
慌てない。慌てない。平然とするんだ。思い当たることなんてないんだから。
「君は――。はあ。どうやら問題を抱えていることに自覚がないらしいな」
「問題――ですか?」
「そうだ。サッシュバル夫人に何度も言われているはずだがな」
あーー。もしかして……?
「ダンスの進捗がはかばかしくないということだったが? あの方が、『自分の手に負えないかもしれない』と嘆かれていたくらいだ。もし専属の講師が必要ならば急いで探さなければならない。君の出来なさ加減を確かめておきたい」
へ? 私がどれだけポンコツなのか見に来たってこと?
でもダンス。そうダンス! くぅダンス!!
そうなのだ。はかばかしくないなんてもんじゃない。絶望的と言った方が正しいかもしれない。
そっかー。夫人が報告したのか。まぁそりゃあするよね。
「ステップを踏んでみなさい」
……………………!!
「い、今ですか?」
「そうだ」
「ここで、ですか?」
「そうだ」
えーーーー。嫌なんですけど。
「別に一曲踊ろうと言っている訳ではない。君の動きを確認するだけだ」
動きを確認するだけって言われましても。
「何をしている? 早くしなさい」
そんな怖い顔で言われると余計にやりたくない。
ぐずぐずしている私を見兼ねて公爵が立ち上がった。
「よかろう。相手が必要ならば私が付き合ってやる」
いや、そうじゃない。そういうことではないんです。
でも公爵に、直々に相手をしてやると言って手を差し出されたら、もう逃げられない。
何とか自分を奮い立たせて立ち上がり、公爵の手を取った。
少しゴツゴツとした男性の手だ……。
うわっ。背ぇ高っ! 身長差があり過ぎじゃない?
脇のすぐ下に添えられた公爵の手がくすぐったい。
いつもは一人で足元を見ながらステップを覚えているだけで、たまにペアになって練習するときも夫人が男性役をしてくれていた。
だから、こうして本物の男性とダンスを踊るのは初めてだ。
なんか――。
なんか――――――――照れる……!
そんな私の緊張や葛藤なんかはお構いなしに、公爵はぐいっと私の体を引き寄せた。
「まずは基本のステップからだ。ゆっくりでいいから私に付いて来なさい」
げっ! ちょっ、ちょっと待って。
そんな心の声が公爵に届くはずもなく、公爵が一歩足を動かした途端に私の体勢は傾き、二歩目で早くも公爵の足を思いっきり踏んでしまった。
公爵は私から手を離し、信じられない生き物を見るような目で私を見下ろした。
だー、かー、らー。
私の呼吸でやらせてもらわないと無理なんですってば。
まぁ私に合わせてもらっても無理だったかもしれないですけど。
二歩で私の才能の無さが確認できた訳ですよね?
こればっかりはマルティーヌを恨むよ。
こういう世界に生まれてきたんだから、もうちょっと練習しておいてほしかった。
それにしてもダンスの下手な人間と踊るのって、かなりリスクを伴うよね。
足を動かす度に踏まれるようなものだもの。
下手な者同士だと互いに足を踏み合うことになる訳だから、ダンスって、元は罰ゲームか何かだったんじゃないの?
立ち尽くしている公爵の前にギヨームがしゃしゃり出て、パンパンと手を叩いた。
「はいはい。ダンスの話はこれくらいでいいでしょう? 三つ目の話もしておかないとね! シュークリームなるお菓子の話をね!」
ちっ。パトリックめ。
「マルティーヌ様? シュークリームって何ですかー?」
結局、それがここに来た一番の目的なんじゃないの? もー、食べたいだけじゃん!
「パトリック様が、それはそれは自慢げに教えてくださったのですが、抽象的過ぎてよくわからなかったのです。もちろん私たちにも実物を見せていただけますよねー?」
ギヨームは、ちゃっかり、「私たち」と自分を含めている。
……今、二時前かぁ。
今日は早く戻った方だからまだよかったけど、お菓子って、作るのに時間がかかるものなんだからね。
「相変わらず菓子については研究熱心なのだな」
公爵が何の感情も乗せずに言った。
嫌味ですか? 嫌味ですよね! ダンスの練習もしないでって言いたいんですよね!
こうなったら、とっておきのシュークリームで黙らせてやる!
アルマとケイトを互いに補佐できるようにしておいてよかった。
今日は公爵閣下の緊急リクエストということで、シュー皮担当とカスタードクリーム担当に分けて同時並行で作業してもらった。
何とかお茶の時間に間に合うと伝言を聞いたときは、隠れて小さくガッツポーズをしてしまった。
「こちらがシュークリームですわ。茶菓子としては少し重いので、私とサッシュバル夫人は小ぶりな物をいただきます。フランクール公爵には初めてお出ししますので、本来の大きさで堪能していただきとうございます」
ギヨームは公爵の後ろでモゾモゾしているけれど、無視!
公爵はというと――シュークリームを前にしても微動だにせず、鉄壁の守りで感情を隠している。
まぁ、「本来の大きさ」なんて、誰も知らないからね。生み出した私の気持ち次第なのだ。
嫌がらせで、いつもの1.2倍の大きさで作ってもらった。
私と夫人のものは逆にハーフサイズだ。その気になれば一口でもいけるサイズだけど、お淑やかにいただくもんね。
アルマにはあらかじめ、私と夫人の小ぶりな方は、クリームをパンパンにしないでシューの半分ほどでいいと言っておいた。
もちろん公爵の大きなシュークリームにはパンパンに詰めてもらったとも!
さあ口の周りにクリームを付けて食べるがいい!
ふっふっふっ。恥を晒すがいい!




