57 三大事業計画
王都に戻るまで一年を切っている。
領地を去る前に、出来るだけのことはやっておきたい。
勉強の方は多分、大丈夫だと思う。勉強すること自体には慣れているから。
十二歳の若い脳もなかなか出来がいいみたいだし。
「ふっ。ふっ」
レイモンのことだから、私の意図を最大限に汲んだ内容で公爵にお伺いの手紙を書いてくれたと思う。
公爵も鬼じゃないので――多分――、渋りながらも許可してくれるんじゃないかと、甘い期待を抱いている。
そうじゃないなら、何のために大量のお土産を持たせたのかわからない。
レイモンから、今後も定期的に付け届けをすると聞いているし。
「ふっ。ふっ」
レイモンとの打ち合わせは定例化した方がいいかな……?
「ふっ。ふっ」
「……マルティーヌ様。どうしてわざわざ重いものを持って、そのように腕を振られているのです? 何か意味があるのですか? マルティーヌ様にご負担をかけないために私たちがいるというのに。見ているだけで私の方が辛くなります」
えぇーっと。ダンベルの説明ですか? うーん。ムズい。
まあローラからしたら、この二の腕の運動が奇妙な行動に見えるのはわかる。
「こうやって負荷をかけて腕を動かすことで腕を鍛えることができるのよ」
「騎士でもないマルティーヌ様が、どうしてお体を鍛える必要があるのです?」
「えぇ……? や、やりたいからやっているの。趣味だと思ってちょうだい」
もういいから放っておいて。
いくら若くて基礎代謝が高くても、ちょっと食べ過ぎている気がするんだよね。その割に体を動かしていないし。
表立って運動ができないから、こうして自室でひっそりと筋トレをしている訳で。
何かしなきゃって考えていたとき、前世で使っていたカラーダンベルを思い出したから、火かき棒と黄色い絵の具を、レモンイエローの可愛いダンベルに変化させたんだよね。
最初の視察に行く途中にリエーフにあれこれと集めてもらったものが、まだ残っているのだ。
これで二の腕がたぷんたぷんになることは防げると思う。
「そうだ。そんなことよりも――」
講義前のトレーニングはこれくらいにしておこう。
ダンベルを置いて少し考えを整理する。
あ、こら、ローラ。ダンベルを隠す場所を探しているでしょ。
キョロキョロしているローラに、レイモンへの伝言を頼む。
夕食後にミーティングだ。
夕食後にレイモンに部屋に来てもらった。特別にリエーフにも中に入ってもらう。
レイモン。ローラ。リエーフ。それに私。初期メンバーが勢揃いって感じ。なんか嬉しい。
「マルティーヌ様。フランクール公爵からはまだお返事を受け取っておりませんが」
さすが、レイモン。私の言いたいことがわかっているね。
でもね、レイモン。公爵の返事なんか待っていられないほどに私の中では改革案件が沸騰しているのよ。
まあ聞いてちょうだい。
「レイモン。ローラ。リエーフ。あなたたちが長年暮らしてきたこの領地を改革するために、私の魔法を役立てたいの。今、レイモンを通して公爵閣下に許可をいただいているところだけど。まあ、たとえ駄目だと返事が来ても、それは実行するのが今じゃないっていうだけのことよ。遅いか早いかの違いでしかないわ。だから、私が来年王都に戻るまでに実施したいことを、あなたたちに共有しておきたいの。題して『三大改革』よ。あれこれと動き始めたら領民たちの噂に上ると思うから、そのときは、そうねぇ……『領主となった記念事業』とでも説明してちょうだい」
『三大改革』なんて、ちょっと大袈裟だけど、やっぱり「三大○○」って収まりがいいもんね。
本当なら「甲子園出場おめでとう!!」みたいな、「三大改革を実現させよう!!」なんて垂れ幕を、カントリーハウスに掲げたいくらいなんだから。まぁやらないけど。
それが出来ないから、代わりに、せめて言葉にはしておきたいのだ。
「マルティーヌ様。お気持ちは十分理解しておりますが、後見人である公爵閣下のお考えは何卒尊重されますように」
「もちろんよ、レイモン。そう約束したのだから公爵閣下のお考えに従うわ。でも、現状の調査や要望の取りまとめといった準備は、レイモンが差配する範疇でしょ?」
だからレイモンだって動いてくれているんだもんね。
「公爵閣下に『待て』と言われたら待つつもりよ?」
でも、そこはスイーツの力を信じているんだけどね!
「オホン! とにかく聞いてちょうだい。まず最初にやるのは、水不足解消のための貯水槽の設置と、川の水量を増加させるための川底の掘削よ。これが一丁目一番地!」
あれ? 私のテンションが高過ぎて三人とも引いてる?
「あのマルティーヌ様。イッチョウメイチバンとは何ですか?」
……しまった。そんな用語はこの世界に無かった。
ローラが心配そうな顔で私に尋ねた。
「あぁ……。まぁ……。掛け声の一種だったかしら? 小さい頃にどこかで聞いた言葉よ。なんとなく思い出して使っただけ。それよりも、公爵閣下からお許しが出たらすぐに着手できるよう、人手を増やしてでも調査を急いでほしいの」
「かしこまりました。貯水槽とやらの設置要望につきましては既に反響がございました。『領主様がそのような工事をなさるのか?』と、一部、半信半疑な者もおりましたが。人の手配が遅れておりまして、具体的な調査にはまだ取り掛かれておりません」
領民が疑いたくなるのも、もっともだ。誰のせいかは言わずもがなだけどね。
「そうだ、レイモン。その貯水槽だけど、硬い岩や石で作ろうと思うの。最初のうちは一つ作るのにどれくらいの材料が必要かわからないから、多めに集めておいてほしいの。私の魔法なら、小石サイズでも量があれば大丈夫だから、子どもたちにもお小遣い稼ぎができるかもしれないわね」
――そう。大きな岩を設置箇所に置いてもらうのは大変だもの。
材料については、「露天風呂でよく見るあの石」で通じたら楽なんだけど。
「川については、過去に氾濫して被害を出したところから着手したいわ。私の移動時間なんて考慮しないでね」
「……かしこまりました」
レイモンがグッと力を込めて返事をしてくれた。
川底を掘るイメージをして、底にあった土とかを土手に移せば一石二鳥だよね。
その後で堤防を固めれば尚良し。
セメントって作れないかな? 石灰石があれば作れそうだけど。それに砂利を混ぜたらコンクリートになるんじゃなかったっけ?
まあ現地で色々試せばわかるだろう。




