55 休日の視察①
パトリックが滞在してから四日目の話になります。
今日は休講日。
今世でもやっぱり、「休日」ってテンションが上がる!
意識的に外出するようにしないと引きこもり生活になっちゃうので、今日も馬車で領内を視察する。
領地に関する意見提供が許されたんだから、積極的に改善提案をしていかなくっちゃ!
「マルティーヌ様! 準備出来ています!」
エントランスで私を待ち構えていたのはジェレミーだ。今日も元気がいい。
最初の弾丸視察のときに立ち寄った小麦農家のモーリスの十歳の息子。末っ子で、確か三男坊だったかな?
なんと私のファンらしい。あの恥ずかしい所信表明演説の内容を父親から聞いて、私のことが大好きになったというのだ。照れる……。
私は領地入りしてから早々に、マシューとモーリスのところへは再訪していた。
レイモンに顔繋ぎをしてもらっていたから、リエーフとローラと三人だけで出掛けたんだけど、お目付役がいないせいか、ものすごい解放感でついつい貴族的なマナーを忘れそうになってしまった。
もちろん、あのチーズ工場へも忘れずに立ち寄った。というか、最初に行った。
午前のお茶の時間に出発したから、いい感じに空腹だったし。
「チーズならお屋敷で、お好きなだけ召し上がることができますよ?」
ローラは何か勘違いをしていたけれど、前回お邪魔したお礼と着任の挨拶のようなもの。試食を求めて行ったのではない。
でも――。
「よろしければお食事をご用意いたしますが」なんて言われたら断れるはずがないじゃない。
私は、「食べたい」なんて言っていないし、態度にも出していなかったはず。
断じてパワハラではない。ローラに言って、ちゃんと相応のお礼もしてもらったし。
今回はスムーズに挨拶できたので、おじさんの名前がオットーだとわかった。
そう――オットーのところで満腹になり、とってもいい気分でモーリスのところに寄ったときのことだ。
馬車から降りた私に少年が駆け寄ってきて――私に近づく前にリエーフにガシッと抱き止められてしまったけど。
それを見ていたモーリスから、地面に頭を擦り付けるんじゃないかっていうくらいに詫びられてしまった。
「まっ、マルティーヌ様! 申し訳ございません! こらっ! ジェレミー! お前っていうやつは――。大人しくしなさい! 申し訳ございません。本当に申し訳ございません。後でよく言って聞かせますので、どうか、どうかお許しください」
「マルティーヌ様! 僕、マルティーヌ様のところで働きたいんです。何でもします! どんな仕事でもいいので――」
「いい加減にしないかっ!」
リエーフの腕の中で暴れながらジェレミーが必死に訴えかけてくる。
威勢がいいなぁ。元気な子は嫌いじゃないぞ。
「リエーフ。離してあげて」
「はい」
返事をしたリエーフだけど、すぐには離さずジェレミーをギロリと睨みつけてからポイッと乱暴に手を離した。
えぇ?!
それでもジェレミーは身軽なようで、ヒョイッと地面に着地すると、えへっと笑った。
前回は確か、家族揃ってピシッと整列して静かにしていたはずだけど……。
絶対にレイモンがいないからだ。ゲンキンな子だ。
黄色い髪の毛と茶色い瞳が、人懐っこい感じがする。
「読み書きと計算はできるの?」
「はいっ!」
「マルティーヌ様!」
私の問いかけに父子が揃って叫ぶように返事をした。
ローラとリエーフは呆れた表情だけど黙って見守ってくれている。
「こいつは私のせいで思い上がっているだけなのです。王都の学校に行かせてやれるかもしれないと話したものですから」
学校かぁ。王都にはあるんだよね。平民でも通える学校が。
そこを優秀な成績で卒業して、さらに上の学校に入学できれば下級官吏への道が見えてくる。
こういう「この世界の常識」は、サッシュバル夫人との何気ない会話で覚えた。
ほんと、夫人には感謝しかない。
「学校に行きたくないの?」
「い、行きたくない訳じゃありません。けど……。マルティーヌ様のところで働けるなら行けなくってもいいです!」
「そう? でも仕事を頼むのならば、ちゃんと学校を出ているか、それなりに経験を積んでいる人に頼みたいわ」
「そ、そんな……」
ジェレミーが、そのまま気絶するのかと思った。ごめん!
「ふふふ。ごめんなさい。少し意地の悪いことを言ったわ。まぁ私のところというか、カントリーハウスで働くのならレイモンに認めてもらう必要があるから、結局はそういう人を雇うことになるのではないかしら? ちなみに学校へはいつから行く予定なの?」
モーリスが泣きそうな顔で、「春先からと考えておりました」と答える。
「そう。じゃあ、春までの間、少し仕事を頼もうかしら」
モーリスは目を白黒させて、「ええっ」と驚き、ローラは窘めるような口調で「マルティーヌ様」と小さくつぶやいた。
ジェレミーだけが「やったー!!」と喜びを爆発させている。
うっふっふっ。領地のことに詳しくて、私の目となり手足となって動ける人間がちょうど欲しかったところよ。
「おはよう。ジェレミー。それで? 今日はどこに案内してくれるの?」
「はいっ! 今日は小間物屋とその職人さんたちの工房です」
休みの日に、こうして紋章の無い馬車でジェレミーとローラを従えて、視察という名の散策(?)に繰り出すのは何度目になるだろう。
「工房?」
うおぅ! いいね! いいね! そういう仕事場の見学は大好きだよ。
身バレしたら領民たちに仕事の手を止めさせることになるから――という理由を盾に、裕福な商人の娘風に変装している。
ちゃんと膝下十五センチくらいの長めの丈のワンピースを着ているんだから許してほしい。
まあ本音を言うと、挨拶が面倒臭いからだけど。
工房を見たいという人はたまにいるらしく、私たちの見学もすんなり許可してもらえた。
木製の家具や道具を作っている職人さんたちも、私たちのことを気にする様子はなく黙々と仕事を続けている。
うーん? 前世の指物師に該当するのかな? 京都や金沢にいる伝統工芸品の担い手のような?
「大きな家具から小物入れまで……。まあ、小さな道具類も作っているのね」
私が感心してつぶやくと、私より背の低いジェレミーが、訳知り顔で答える。
「木製の品物は一通り作っているそうです」
前世じゃ百均で買うような物も、こうして一つ一つ手作りしているのかと思うと何だか感慨深い。
大量生産できない物かぁ。
いやいや。この世界でうっかり大量生産なんて出来たら大変なことになる。
生活を便利にしたいとは思うけど、成形魔法を使ってどんな風に良くするかは、よーく考えないといけないな。




