46 公爵がワンコに見える……
笑い疲れてヒクヒクと震えているギヨームは、サッシュバル夫人の前だというのに調子に乗っておどけた。
「だ、駄目ですよ。ククク。美味しそうな食べ物をそんな風にリュドビク様に近づけては。馬の鼻先に人参を近づけたらどうなるか、ご存知でしょう?」
な、なんか、すごい言われよう……。馬って……。
その点レイモンは偉い。壁と一体化するべく息を殺している。
それにしても……。
あの公爵が愕然と気落ちして、うつむいている。
うわぁ。耳たぶが真っ赤だ……。
この人がパクッと――。私の手からパクッと――。
思い返すと、ものすごく貴重な体験だったような……。
うなだれている姿は何とも愛らしい。叱られた大型犬みたい。
あれだな。ツヤツヤサラサラの髪の毛はウチで飼っていたゴールデンレトリバーを思い出す。薄い金色の毛だったけど。
夫人はギヨームにキツめの視線を投げかけてから、二種類あるうちの、細長い方のフライドポテトを同じようにフォークで刺して、ケチャップを軽く付け二センチほどを口に入れた。
「まぁっ! この細長い形のものは初めて食べたのですが、美味しいですわね。このカリッとした食感は癖になりそうです……。味は昨夜の付け合わせに出された、こちらのものと同じなのですね」
そう。昨夜は、サブウ○イのポテトのようなコロコロッとした形のものを出したのだ。
夫人は今の数倍のテンションで絶賛してくれたので、多分、ホクホクしたのが好みなんだと思う。
フライドポテトって、ホクホク派とカリカリ派に分かれるよね。
フライドポテトについては、試作の段階で、ケイトが色々な太さのものを作ってくれたんだよね。
今のマイブームは五ミリ四角の超カリカリ食感だけど、リクエスト次第で、七ミリでも一センチでも作ってもらえる。
あぁー。それにしても――。
ポテトときたら、やっぱりハンバーガーだ。
うぅーーん! 食べたい! 私がこよなく愛したバーガーたちよ!
今頃どんな進化を遂げているんだろう……。
私がいないところで、どれだけの限定バーガーが世に出ていったんだろう……。
あぁー悔しい! 食べたい! めっちゃ食べたい!!
ハンバーガーの、あの絶妙な味付けはこの世界じゃ再現できないもんね。くぅぅーー。
あ! オニオンリングならいける! 今度絶対、作ってもらおう。
――――――――と。
やってしまった。妄想世界へのダイブ。
この屋敷の主人として、これ以上公爵に恥をかかせないよう、うまいこと、この場を収めなくっちゃ。
あー、それからせっかくだから成形魔法の相談もしておきたいんだった。
早いとこ厨房チームに、せめてピーラーくらいは作ってあげたいんだよねー。
「サッシュバル夫人。私も自分の考えをきちんとフランクール公爵に伝えるべきだと気づきました。せっかくですので、この場できちんと話し合いたいと思います」
ここは、「何も起きなかった」という体で、公爵に一つ貸しを作っておこう。
夫人はすぐに、「公爵と二人きりで話し合いたい」のだと理解してくれて、
「ええ。ええ。それがよろしゅうございますわ。それでは、今日のこの後の講義はお休みにいたしましょう」
そう言って部屋を出て行ってくれた。
公爵は厳しい表情で黙している。
うーん? その見た目って、ほんっとに読めない。
もう、いつもと同じ――つまり立ち直ったってことでオッケー?
「ええと。領地経営のことですが。お約束した通り、積極的にあれこれと口を出すような真似はいたしません。ですが――それでも気になったことや改善提案などは、お耳に入れることを許していただけないでしょうか」
「……そうだな。確かに君が領主なのだ。まだ未成年とはいえ、後見人の分際で出過ぎたことを言ってしまったと私も反省している。君が成人するまでは現状維持ができればよいと考えていたが、そんな後ろ向きではいけないな。君の領地だ。領地を良くしたいと考えるのは当然だ。まずは家令に相談してくれたまえ。彼ならば必要に応じて私に連絡を寄越すだろう」
「はい! ありがとうございます!」
ではこれで話は終わったな、と公爵が立ちあがろうとしたので慌てて続けた。
「――それと。本当はもっと早くご相談すべきだったのですけれど」
む! と公爵が眉を寄せた。
そんな、警戒しないでくださいよ。
「実は、私の固有魔法のことなのですが」
「君の固有魔法……? 確か、土魔法だったと記憶しているが」
「はい。公にはそうです」
「公には――だと?」
怖い。怖い。怖い。忌々しそうな目で、まなじりをひくつかせるのは止めてください。
「はい。母から決して他言しないよう言われていたものですから。ですが――。やはりフランクール公爵閣下には知っておいていただく必要があるかと思いますので」
「土魔法ではなかったということなのか?」
「いえ。土魔法も普通に使えるのですが、それ以外にも少し変わった魔法が使えるのです」
「変わった魔法? いったいどこが変わっているのだ?」
うーん。言葉では説明しづらいんだよね。
仕方ない。やるしかないか。
私が急に立ち上がったので、公爵を驚かせてしまった。
ギョッとした彼に近づき、「失礼いたします」と断ってから、袖口をつかんでスーツをイメージした。
「ええっ!!」
ギヨームの大きな声が響いた。
従者ならもっと自重すべきじゃないの? いいのかそれで?
さすがに公爵は自分の服装が変わっても、ぎくりとした表情を見せただけで奇声など発しなかった。
「何なのだ、これは? どういうことだ? いったい何をしたのだ?」
「私は、対象の物に触れて、色や形を想像した通りに変化させることが出来るのです」
「なんだと……? これが……これが君のイメージした色と形ということか……」
公爵は両腕を動かしながら、しばらくの間、布地を繁々と見つめていた。
「プププ。どうして、そんな貧相な服に変えたのです? 何かの嫌がらせですか?」
ギヨームが面白がって茶化してきた。
これでも公爵に似合うかなって思って、ネイビーに細いストライプが入っているデザインにしたのに。まあ何の装飾もないスーツって、確かに地味で貧相だけど。
「ち、違います! 変化がわかりやすいかと思いまして――」
ちょっと言い訳が苦しい。
公爵も憮然としたままだ。
「君の魔法はわかったから、とりあえず元に戻してくれ」
え? えぇーっと。
…………………………………………どんなだっけ?
見てなかったー!!
公爵の顔が良すぎるせいだと思う。顔ばっか見ちゃうもん。
これ――公爵を囲んで女性たちに五分間会話をさせた後、公爵から引き剥がして、「さあ、公爵が着ていたのはどっち?」って、二種類のフリップを見せても、なかなか正解しないんじゃないかな。
五択に増えたら正解者出ないかも。
絶対そうなるって!!
黙ったまま返事をしない私を、公爵が鋭い眼差しで見つめていた。
うげっ。バッチリ目が合ってしまった。
やだ、怖い。スンと無表情を貼り付けたような綺麗なお顔から、とんでもなく低く冷たい声が漏れた。
「まさか――。元に戻せないのか?」
……う、迂闊でした。
「……はい。そこまで便利ではないのです」
うわぁぁぁぁ!!
イメージできないと無理なんです。
公爵が着ている服をちゃんと見てなかったから戻せないー!
「……………………」
公爵の沈黙が怖い。
笑い声さえ出していないけど、手で顔を覆って肩を揺らしているギヨームは許せん。
応援いただいた皆様のおかげで本作の書籍化が決まりました!
本当にありがとうございます。
X(@morrinmomo)も始めましたので、よろしくお願いします。




