41 薬草を植えよう!
ジュリアンさんが応接室に入ってくると、ふわぁと部屋の空気が和らいだ。あー和むわぁ。
「ジュリアンさん。本当によく来てくださいました。長時間の馬車移動で、さぞかしお疲れでしょう。まずはゆっくりお疲れをとってくださいね」
「いえいえ。私の体は頑丈にできておりますのでご心配には及びません。それよりも、病気か怪我でお困りの方がいらっしゃるのではないですか? よろしければすぐにでもその方を診させていただきますが」
ジュリアンさん! 何ていい人なの!
根っからのお医者様――あ、薬師様か――なんだなぁ。でも、ケイトはもうすっかり回復して明日から来られると聞いているし……。
「ジュリアンさん。幸いなことに一刻を争うような病人はおりません。ですが、我が領地には医師はおろか薬師の方さえ一人もいないのです。このような事態を放置していたことを、領主として心から恥ずかしく思います。すぐにでも、いざというときに対応できるよう、せめて薬草くらいは最低限、揃えておきたいと思った次第なのです」
公爵の紹介ということは、我が家の問題などもあらかた聞いているはず。そう思うと我が家の恥についても隠さず話せる。
ジュリアンさんは、「そうだったのですね」と青い瞳に安堵の色を浮かべた。
なんだろう? 人柄かなぁ? 相変わらず優しい眼差しだわ。
彼の瞳を見ているだけで癒しのオーラに包まれているみたい。
レイモンとも相談した結果、ジュリアンさんが持ってきてくれた薬草の苗は、半分を昔の薬師から受け継いでいる薬草畑に、残りの半分をカントリーハウスのすぐ近くにある森のそばの遊休地に植えることにした。
十分育った薬草は株分けの要領で増やしていけるらしいので、ゆくゆくは、その遊休地一帯を一大薬草畑にするつもり。ぐふふふ。
翌日、午前のお茶の後、ジュリアンさんも新たな薬草畑の候補地に一緒に来てくれた。
なんと、「病人の世話がないのなら苗を植えるのを手伝いたい」と申し出てくれたのだ。
あなたは聖人ですか!
「ジュリアンさん。薬草を育てるのに適した土はどういったものになるのですか?」
「そうですね。なんと言っても水はけがよいことですね」
ほうほう。よく聞くやつだ。前世の母も言っていたような……?
母が名ばかりのガーデニングに使用していた土と同じでいいのかな? 赤茶けた小石みたいなのに腐葉土を混ぜていたんだけど……。
少し屈んでそっと地面に触れ、実家の土を思い出す。
「こんな感じでどうでしょうか?」
「ええ! ええ! 申し分ありません。この土で大丈夫でしょう。なるほど……。マルティーヌ様は土魔法がお得意なのですね?」
うぉう! 危ないところだった。つい、いつもの調子でホイホイやっちゃった。
「そ、そうなのです。とても地味ですが、我が領地は農業が主産業なので、これでも何かと役に立つと思うのです」
それを聞いたジュリアンさんは、「地味だなんて!」と大きく目を見張った。
「土作りは大変ですから、私はマルティーヌ様が羨ましいです。私もそんな風に出来たらよいのですが――あ」
え? 何? その表情? 年下の少女を羨ましいなどと、うっかり口走ったことを恥ずかしがっている?
もー! ほんのりと頬を染めたジュリアンさんを近くで見られて眼福だわ。
ほんわかした雰囲気に、その恥じらうような表情がかけ合わさると危険かも。
ジュリアンさんは私から目を逸らして気持ちを整えたようで、私が変性した土を見てアドバイスをくれた。
「苗を植えた後は水やりを欠かさないことが大切ですので、しばらくは土の乾き具合を見て回る方がいらっしゃると安心かもしれません」
しばらく? ふっふっふっ。そんなの専任の者を任命するに決まっているじゃないですか。
領主である私自らが苗を植えているのを見て、ジュリアンさんは驚いたみたいで、「子どもらしい純真な興味なのか。いや、領主として姿勢を示しているということは逆に大人びているのか……?」などと独り言を言っていた。
全部聞こえていたけどね……。
それでも私と二人並んで植えながら、ジュリアンさんはものすごく丁寧に教えてくれる。
「これは葉っぱのまま四、五枚重ねて傷口を覆うといいです。刻んだりする必要はありません。一日に数回取り替えると傷口が塞がりやすくなります」
「そちらは痛み止めに使う薬草です。よく擦って飲むのが一般的ですね。あと、花も乾燥させてお茶にして飲んでもいいです。効果は多少劣りますが」
「解熱にはこれを使います。意外なことに、葉よりも茎の方が、それも根に近い方が解熱の効果が高いのです」
ジュリアンさんは薬草の効能だけでなく、加えると増幅効果があるハーブやハチミツ等の素材までも惜しげもなく教えてくれた。
薬草はすりつぶして患部にそのまま塗ってもいいし服用してもいいので、そういう情報はものすごく助かる。
「ジュリアンさん。そもそも、病気にかかりにくい丈夫な体作りや、病気になったとしても治りやすい体作りの手助けになるような薬草など、あるのでしょうか?」
ジュリアンさんは、ハッとした表情で手を止めて私を凝視した。
「マルティーヌ様は面白いですね。私の他にもそのような考え方をされる方がいらっしゃるとは驚きました。昔、そういう観点から、普段の健康状態の底上げができないかと研究をしたことがあります。明確な結果を示せなかったため、中断することになりましたが……。何せ、被験者の感覚でしか説明できないので……。それでも、数種類の薬草を組み合わせて一定期間服用すると、ほとんどの方が『調子が良くなった』と答えてくださったことがあります。その組み合わせはお屋敷に戻ってからお話ししましょう。割と大雑把な調合でも大丈夫なので、どなたでも出来ると思います。ああ、持ってきてない薬草が必要になりますので、そちらは後ほどお送りしますね」
ジュリアンさん! 助かります! 本当に助かります!!
免疫機能アップの調合がそんなに簡単に出来るなら、これは本当にありがたい。もう感謝しかない。
でも、でも――!
「ジュリアンさん。先ほどから薬草とその効能について色々とご教示いただきましたけれど、その――。お聞きしてよかったのでしょうか? 中にはジュリアンさんが研究された成果まで入っていたようでしたし、その――。私、フランクール公爵ともジュリアンさんとも、何の契約も交わしておりませんが……」
いくらマルティーヌが世間知らずでも、この世界で医師は特別な存在で、薬師ですら、そうそう簡単に呼べる存在でないことくらいは理解していた。
前世でもそうだけど、この世界だって医師や薬師になるには、相当な時間とコストがかかることくらい容易に想像できる。
そうやって苦労して手に入れた薬草に関する知識を、タダで教えるという発想は普通はないはず。
医師も薬師も、その知識は後を継ぐ息子や娘にだけ伝えるものじゃないのかな。
あれだ。一子相伝っていうやつ。
「ご心配いただかなくても、公爵閣下からはお許しをいただいています。マルティーヌ様には、私の知識を好きなだけ伝授してよいと」
ジュリアンさんが汚れのない柔らかな微笑みを浮かべて答えてくれた。
「それに、薬草に関する知識は秘匿するべきではないというのが私の持論なのです。もともと一人でも多くの人を救いたいために研究を始めたので、私が発見したことは一刻も早く世の中に広めたいと思うのです――」
聖人だ。本当に人を救いたいという、ただそれだけなんだ。
途中ですが、いったん区切ります。




