40 公爵からの手紙
早速始まったサッシュバル夫人の講義だけど、二日目にして早くも予定が狂ってしまった。
なんと、薬師が我が領地にいらっしゃったのだ――公爵の手紙を携えて。うへっ。
公爵がこんなに早く薬師を派遣してくれるとは思わなかったから、マジで驚いた。
レイモンはちゃんと私の意を汲んで公爵に早馬で手紙を届けてくれ、そして公爵もまた優先順位をググッと上げて対応してくれたらしい。
そしてカントリーハウスにやって来た薬師を見てびっくり!
なんと、やって来たのは王都でお世話になったジュリアンさんだったのだ!
薬師の方が到着したという知らせを聞いて、私は居ても立っても居られず、レイモンの制止を振り切ってエントランスまで出迎えに行ってしまった。
そこで現れたジュリアンさんを見て驚いたんだけど、向こうも「あ!」という顔をして、すぐに破顔した。
「ジュリアンさん。ご無沙汰しております。我が領地までようこそおいでくださいました。こんなに早く来ていただけるとは思ってもおりませんでした。お心遣いに感謝いたします」
本来、領主はこんな風に挨拶はしないものだけど、こちらがお招きしたのだから、私としてはきちんと挨拶をしておきたい。
それに、いつか連絡を取ろうと思っていた相手だしね。
「――! モンテンセン伯爵。私のような者に、そのような丁寧なご挨拶をいただけるなど大変もったいないことで、恐縮いたします」
ジュリアンさんは気の毒なくらいペコペコと頭を下げてくれた。かえって悪いことをしちゃったかも。
「ジュリアンさん。どうかもうそのくらいで。ここは王都ではなく田舎領地ですから。身分についてはそこまで気にしないでください。それにどうか、私のことはマルティーヌとお呼びください」
「ちっともよくない」――と言いたげなレイモンだけど、私の言葉を否定するようなことは言わなかった。まあ後でチクリと言われるとは思うけど。
「レイモン。ジュリアンさんをお部屋に案内してさしあげて」
「かしこまりました。それではジュリアン様。どうぞこちらへ。ああ、お荷物はそのままで」
自分で運ぼうとしたジュリアンさんよりも早く、うちの使用人がカバンを手に取った。
レイモンの下で働いている人たちだからね。ほんと、みんなよく仕込まれている。
「あ、あの。薬草の苗も馬車から下ろしてもらったのですが、そちらは――」
「承知しております。裏の方へ回して保管しておりますので、ご指示いただけましたらすぐにお持ちします」
「そうでしたか。ありがとうございます。その苗はモンテンセン伯爵――マルティーヌ様と相談の上で植えさせていただきたいと思っています」
え? 今、「苗」って言った? 薬草の苗を持ってきてくれたの?!
どんなに気がせいても、悠然と構えてひとまずはお茶にお誘いしないといけない。もー、本当に貴族って面倒臭い。
仕方がないので、常備しているショートブレッドクッキーとフルーティーな紅茶で、ジュリアンさんもてなすことにした。
彼が落ち着いた頃合いを見計らう間、私は彼から受け取った公爵の手紙をイヤイヤ開いた。
もう読む前から憂鬱……。
『君は自分のすべきことを正確に理解しているのだろうか。どうも私は君のことを過信しすぎたようだ。よもや君は、私と交わした約束を忘れてはおるまいな? この一年間は学園への入学に備えて勉学に励むという約束を――――』
はぁー。勉強しようと思っているところに、「勉強しろ」と言われると、途端にやりたくなくなるんだからね……。
公爵の恐ろしく整った顔がピキピキと凍りついていく様を想像して、手紙を放り投げたくなった。
『君に勉強を習慣づけるために、午前と午後の学習内容を時間単位で計画してもらいたいとサッシュバル夫人に依頼したのだが、間違っていなかったようだ。君に厳守させることができるかどうかは、サッシュバル夫人の手腕にかかっているが――――』
もー、嫌だー。夫人宛にも長文の手紙を書いたってこと?
『とにかく。この一年間に君が注力すべきことは勉強だ。領地経営については家令に一任することで合意したはずだが、よもや忘れたとは言うまいな? 領地のことで何かあれば、私と家令とで対処する。そこに君の入り込む余地などない。それなのになぜ、薬草が必要だとか、調合を覚えたいなどという要望が出てくるのだ。人命に関わるかもしれぬ件だけに、今回だけは君の要望に応じて人を遣わすが、私が納得していないことだけは理解しておいてもらいたい――――』
うげっ。まだまだ続いている……。
『君が領地で過ごすようになってから、そちらの家令からは定期的に報告を受けているが、肝心の君からの報告が一度もないのはどういうことだ。まさか後見人さえ決まれば後はどうでもよいと、私を都合よく使うつもりでいたのではないだろうな? 君が私の期待に応えられる人材だと判断したからこそ引き受けたのだが、どうやら君については認識を改めねばならないと肝に銘じているところだ――――』
うわぁ。厳しい……。そして長い! もう、ほんと長い。
随分とお怒りモードで手紙をしたためたみたいだけど、私、大丈夫? ペナルティが科されたりしないよね?
それにしても、公爵って、いったい私を何者に仕立て上げるつもり?
まぁきっと。公爵は完全無欠な完璧人間なんだろうな。そういう人には私みたいな怠け者の気持ちは理解できないよねぇ。
うーん、面倒臭い。何て面倒臭い人なんだ……。
言っていることは正しいんだけどね。ド正論だ。後見人の鑑なのかもしれない。きっとそうなんだろうけどねっ!
でも、「大目に見る」という寛大さを是非とも身につけてもらいたい。
引きこもりというか、幽閉されていたも同然の十二歳の少女に、どれだけのことを求めるつもりなの!
もし私がただの被後見人じゃなくて、公爵の実の娘だったら……。
きっと、こんなもんじゃ済まなかっただろうな。
物心つく前から「英才教育」という名のもとに、非人道的な詰め込み教育をされていたかもしれない……。
「マルティーヌ様、先にお茶を召し上がられますか?」
問答無用で責め立ててくる公爵の手紙によって、プスプスと消し炭状態になった私を気遣って、ローラが優しい言葉をかけてくれた。
ありがとう、ローラ。味方がいてくれてよかった。
――というか私、領地に引っ込んでてよかった。
もし王都にいたら、しょっちゅう公爵に呼び出されて、面と向かって叱られていたのでは?!
やばっ!
「いいえ。大丈夫よ。そろそろジュリアンさんをお呼びしてもいい頃じゃないかしら?」
そうだ。そうとも。彼の、あのほっこりした笑顔で癒されたい。




