4 後見人として相応しい人物
さっそくブクマと評価をくださった皆様、ありがとうございます。
翌日、何事もなく教会で葬儀が執り行われた。埋葬が終わると、喪主として弔問客を迎えるために急ぎタウンハウスに戻る。
私はレイモンから、「挨拶を受けて、うなずくだけでいい」と言われていたので、とりあえず子どもなりの悲壮感を漂わせて、コクリコクリと首を振っていた。
「マルティーヌ! 心配していたんだから! ……あ。ごめんなさい。この度は――ご愁傷様です」
マルティーヌは、母親がベッドから起き上がれなくなってからは、茶会等の社交を一切していない。
ほぼ四年ぶりくらいに会うソフィアは、背が伸びて顔つきも大人びていた。ツインテールを縦ロールにしているところは相変わらずだけど。
金髪で翡翠のような緑の瞳の彼女は、可愛らしい幼女から美しい少女へと変身を遂げていた。
「ソフィア。ずっと連絡していなかったのに……。来てくれたのね……」
「当然よっ。どうせ、あの男が邪魔をしていたんでしょ。あなたが返事をくれないなんてあり得ないもの!」
あの父親なのか、取り次ぎを面倒に思った使用人なのか、犯人はわからないけれど、ソフィアとの手紙のやり取りが途切れたのは事実だ。
「家のことが落ち着いたら、またお茶会に一緒に行きましょうね! マダム・シンフォニアのお店で一緒に新作のドレスを作るのよ! あなた、最近の流行も知らないでしょう? ねえ知っている? 最近じゃ、あのルシアナがファッションリーダーぶっちゃって、マダム・シンフォニアのお店に入ってすぐのトルソーに、自分の瞳と同じエメラルドグリーンの布を纏わせて、『この色が今年の流行色』なんてほざいたのよ! もう、許せなくって! 私、すぐにお店に行って、品のないオレンジの布に替えてやったわ。ほとんどの子は私の後にお店に行ったはずだから、みんな、ルシアナがオレンジを流行色って言っていると思って、陰で笑っているに違いないわ!」
や、やるねぇ。
そういえば、ソフィアは、やるときはやる子だったわ。
今ではもう、活発を通り越して、好戦的と言った方がいいかもしれない。
「もう、ソフィア。いきなり何を言っているの。マルティーヌちゃんが落ち着くまではお茶会なんて無理でしょう」
涙目になっているソフィアのお母さんが、娘を軽く諌めた。
「マルティーヌちゃん。まあ、随分大きくなったのね……。三年ぶり、いいえ、もう四年近くになるのかしら……。モンテンセン伯爵にどんなに嫌な顔をされようとも、押しかけるべきだったわ。まさかカトリーヌの葬儀を内々に済ませてしまうなんて! 許し難いわ」
そうなのだ。母親の葬儀は、日本でいうところの家族葬で、父親はこぢんまりと済ませていた。おそらく新聞の訃報欄にも後追いで載せたのだろう。
妻と娘が感情的になっているのを諌めるかのように、カッサンドル伯爵が小さく咳払いをした。
……いけない。私もモンテンセン伯爵として、貴族らしい振る舞いをしなくっちゃ。
「カッサンドル伯爵、伯爵夫人、ソフィア嬢。本日はご足労をいただきありがとうございます」
親友との久しぶりの再会に涙が滲んでいたけれど、気持ちを抑えて挨拶をする。
「……モンテンセン伯爵。突然の訃報に驚きました。私どもでお力になれることがございましたら、遠慮せずにおっしゃってください」
待ってました! ソフィアのお父さんに相談したかったんだよね。
隣のレイモンをチラッと見ると、小さくうなずいて彼に声をかけてくれた。
「カッサンドル伯爵。よろしければ先代の執務室にご案内させていただきたいのですが。故人を偲ぶ品などもございますので」
カッサンドル伯爵はすぐにピンときてくれたようで、「それは是非に」と、受けてくれた。
レイモンとカッサンドル伯爵がヒソヒソと小声で話をしている隙に、ソフィアがそっと小声でつぶやいた。
「ねえマルティーヌ。意地悪なお父様がいなくなったんだから、これからは手紙をくれるでしょう?」
そう言えば、ソフィアには散々父親の愚痴をこぼしていたっけ。ははは。
「ええもちろんよ。これからはいっぱい手紙を出すわ。あと、落ち着いたら領地にも遊びに来てね」
「本当に! お母様。ね? いいでしょう?」
「まあ、もちろんよ。カトリーヌの娘は私の娘みたいなものよ。マルティーヌちゃん。これから大変だろうけど、レイモンがいれば大抵のことは大丈夫よ。学園に上がるまで一年以上あるんですもの。入学までに一度、ソフィアと二人で遊びに行くわね」
「はい。お待ちしています。あ、レイモンが呼んでいるので失礼します」
よぉっし。ぶっちゃけ葬儀よりも重要な、後見人の選定を始めるとしますか。
父親が使っていた執務室のソファーに、カッサンドル伯爵がゆったりと座っている。
向かいに私が座り、そのすぐ横にレイモンが立った。
ドニが慣れた手つきで紅茶とお菓子をサーブしてくれた。去り際に励ますかのように口角を少し上げて私を見た彼は、女性の扱いを心得ていそう。
くぅー。前世の経験をもってしてもドニのことは上手くあしらえそうにない。
カッサンドル伯爵に紅茶を勧めて私が先に一口飲むと、彼も同様に一口飲んでカップを置いた。脳内で、『カンッ!』とゴングが鳴った。
ここからは伯爵として、大人の対応をしなければならない。
「カッサンドル伯爵。本来であれば、前もってお時間を頂戴したい旨をお伝えしなければならないところ、このような非礼となりましたこと、お詫びいたします」
「なに構いません。人の死というものは無慈悲に予告なく訪れるもので、避けようがありませんからね。モンテンセン伯爵におかれましては、まだ悲しみも癒えぬうちに当主として気丈に振る舞われていらっしゃる。お見受けしたところ、ご親族の方も少ないご様子。さぞかし大変でしょう」
さっすが、よくご存知でいらっしゃる。まあ話が早くて助かるわ。
「そうなのです。正直申し上げまして、身内に頼りになる相談相手がいない有様でして。後見人の申請につきまして頭を悩ませております」
予想していた通りの内容だったらしく、カッサンドル伯爵は、うんうんとうなずいて、また紅茶を一口飲んだ。
「確か、モンテンセン伯爵領の主な産業は農業だったと記憶しておりますが、変わっておられぬかな?」
……あ。
私、領地については、なぁーんにも知らないんだったわ。
私がポカンとする前に、レイモンが助け舟を出してくれた。
「その通りでございます。農作物が主な商品になります」
「であれば……。上位貴族で、農業を主たる産業としていないところがよいかもしれませんね。後見人といえども所詮は他領の人間です。領地の秘匿すべき事項を開示しなければならない状況が発生しないとも限りませんから」
なるほど。後見人になった競合相手には、機密情報が漏れる可能性があるってことね。
「実は、該当する人物が一人頭に浮かんだのですが。リュドビク・フランクール公爵をご存知でしょうか?」
知りません。私ことマルティーヌは、他家のことというか、貴族を全然知らない。知らな過ぎる。
レイモンも小さく首を横に振って、またしても私の代わりに答えてくれた。
「お恥ずかしながら、先代は社交から遠ざかっていらっしゃいまして。未成年のマルティーヌ様はもちろんのこと、私ども使用人も満足な情報は持ちえていないのです」
カッサンドル伯爵は、まあそうだろうね、というように優しい眼差しで慰めてくれた。
「公爵閣下はまだ二十二歳とお若い方なのですが、なかなかに切れ者だと評判の人物です。フランクール公爵領は二種類の鉱山を所有し、国内に流通する鉱物の過半を占めておられます。最近では魔道具の製作にも乗り出されたとか。ただ、他領の支援をなさるような人物かどうかまでは私も承知しておりませんので、今のところは候補者の一人というところでしょうか」
いやもう急ぐので、候補者を吟味するより、候補に挙がった方から順にお伺いをたてたいんですけど?
一か月なんて、あっという間だからね。
気がついたら口を開いていた。
「カッサンドル伯爵。私どもにはこれといって当てがございませんので、候補として相応しい方には、ひとまず面会だけでもさせていただきたいと思っているのです。カッサンドル伯爵のお名前をお出しして、フランクール公爵に面会の依頼をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
あのゲス親父の悪行は有名なはず。公爵に依頼するにあたり、真っ当な人間ときちんと相談したのだと言いたいんだよね。
「もちろん構いませんよ。何でしたら私から打診をしてみましょうか?」
「いえ。さすがにそこまでは甘えられません。私から誠心誠意、お願いをしてみるつもりです」
娘の友達だからって、貴族社会だとそこまでは面倒を見てくれないと思っていたのに。優しい方だな。
カッサンドル伯爵一家をお見送りする際、私の言葉たらずな部分はレイモンが丁寧にお礼を述べてくれた。
ソフィアと涙の抱擁を交わして別れると、私はモンテンセン伯爵として最初の仕事――リュドビク・フランクール公爵に後見人になってもらうことに、まずは全力で取り組むことにした。