31 【リュドビク視点】王族たち
お陰様で、異世界転生恋愛(連載中)の日間ランキング2位、週間ランキング3位に入りました。
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モンテンセン伯爵の後見人となる届出を提出したところ、すぐさま国王陛下から、「登城せよ」との命を受けた。
王城のプライベートサロンに通されたということは、正式な謁見ではないということだ。小言でなければいいが。
しばらくして国王陛下が入室された。いつもなら側にいるはずの王妃陛下の姿はない。
すでにご存知のはずだが、改めて私がマルティーヌ嬢の後見人になることを報告すると、「許す」とおっしゃった後、陛下からまじまじと見つめられた。
「そうか。お前がなぁ……」
国王陛下はいかなるときも決して感情を表に出されない。だが時折――こうして近くで相対するときなどに、子どもの頃に向けられた優しい眼差しで感情を伝えてくださることがある。
どうやら私が後見人を引き受けたことに、いたく興味を引かれたらしい。
常日頃より、「女性と、とは言わぬから、もっと他人と関わるように」と、浮いた噂一つない私を面白おかしく諭されていた陛下にとっては、「やっと忠告を聞いたか」と安堵されたのだろうか。
確かに私は必要最低限の社交しかせず、面倒ごとには極力関わらないようにしている。そんな私が縁もゆかりもない家の厄介ごとに首を突っ込もうとしているのだ。私自身が驚いている。
――いや、違うか。
「そういうことを言ったのではない」と落胆されているのかもしれない。余計な荷物を背負い込む暇があったら、美しい花の一つでも携えろと。
「客観的に見て、私が適任だと考えたまでです」
「ふむ」
ひざまずいたまま、私もいつものように顔色を変えず、淡々と答えると更に陛下は続けられた。
「かの伯爵領は我が国の食糧庫の一つだ。国全体の十パーセントには満たぬが、それでも収穫量で言えば上から六番目。我が国は、この十年ほどは天候に恵まれ災害もなく飢えというものを忘れかけておるが……」
陛下は何かを問いかけるように口をつぐまれた。
陛下は、私の亡き父と従兄弟にあたる方で、幼い頃はよく膝の上に乗せてもらい可愛がってもらったものだ。
成長するにつれ、「臣下としての立場をわきまえるように」と、周囲が陛下に近づかせてくれなくなったのだが。
徐々に堅苦しく接するようになっていく私を、陛下は特段寂しがる様子もなく受け入れられた。つまり、国王と臣下。私たちはそういう関係なのだ。
そしてその頃から、陛下はこのように試すような会話をなさるようになった。
「しかと承知しております。どこに幸運に頼るだけの領主がおりましょうか。先代の伯爵は、どうやら領主としての責任を放棄されていたようで、モンテンセン伯爵領は十年以上もの間、時が止まっていたも同然です。多くの面で他領に後れをとっていることは明白です。ですが跡を継いだマルティーヌ嬢は、領主としての教育を受けていないにも関わらず、そういう問題点をきちんと把握しておりました。先代が亡くなるまではタウンハウスに閉じ込められていたようなのですが、葬儀を終えてすぐに領地に入り視察をしております。先日の面談では、彼女なりの政策の提案まで受けました」
「ほう……」
おそらくマルティーヌ嬢については、ほとんど情報が出回っていないはず。ここは彼女の優秀さを陛下にも知っておいていただくのがよいだろう。
「まだ幼かったと思うが――」
「十二歳になったばかりです」
「まさか、まだ染まっておらぬのをいいことに、数年かけて自分色に染めようなどと――」
「オホン!」
少しわざとらしい咳払いになってしまったが、陛下に皆まで言わせる訳にはいかない。
私が遮るとわかっていただろうに、陛下はわざとらしく拗ねた顔をされた。
……なるほど。私は陛下の退屈しのぎに呼ばれたのだな。
「どうか、モンテンセン伯爵領の経営については、マルティーヌ嬢の教育共々、私にお任せください。必ずや陛下のご期待に応えて見せます」
「あいわかった」
陛下は去り際に、「つまらんのう」と聞こえよがしに漏らされた。
これは、ちょくちょく経過を聞かれることになりそうだ。
「フランクール公! いらっしゃっていたのですか」
こちらに駆け寄ってきそうなほどの元気の良さで声をかけてきたのは、立太子されたばかりのガイヤール殿下だ。
数年前までは光り輝く金髪を胸の辺りまで伸ばされていたが、なんでも令嬢たちに誉めそやされるのが嫌になったとかで、今は短く切られている。
たかが髪を切ったくらいでは、その見目の良さは少しも減りはしないだろうに。
事実、夜会で私が令嬢たちに囲まれているところに彼が現れると、見事に視線を吸い寄せてくれる。お陰で私は楽にその場から逃げることができる。
ただ殿下の方でも令嬢たちを捌ききれなくなると、断れない王族からの要請として私を呼びつけ、自分たちの会話に無理やり加えてしまうのだからタチがわるい。
つまり互いに互いを風除けにしようと妙な駆け引きをしている間柄だ。王城で顔を合わせたからといって、立ち話をするような気安い関係ではない。
「これはガイヤール殿下。お変わりないご様子で何よりです」
「父上に呼ばれたのですか? もしかしてあの伯爵の後見人の件ですか?」
王族たちがこぞって話題にするほどの話でもないはずだが、なぜこうも気にされるのだろうか。
「そうですが、よくご存知ですね」
「ええ。とても可愛らしい当主だとか? 私は姿絵さえ見る機会がなかったのですけれど。私より三歳下らしいですね。いかがでした? お会いされた感想は?」
まさか殿下にギヨームと同じ目線で水を向けられるとは……。
そういえば王妃陛下は、「王太子妃になる令嬢は王太子とあまり年が離れていない方がよい」とおっしゃっていたか。
殿下は令嬢たちとは幼い頃から茶会等で顔合わせをしている。おそらく、殿下の二歳下から同年齢までの令嬢たちに絞られているせいで、マルティーヌ嬢とは会っていないのだ。
「殿下がお会いされている令嬢たちを存じ上げませんので、マルティーヌ嬢を『可愛い』と評してよいのかわかりませんが、目鼻立ちは整っておりましたので可愛いと言って差しつかえないとは思います」
色々と思い返した結果そう答えると、殿下は呆れた表情で、「相変わらず堅いね」などとこぼされた。
陛下がおっしゃるような言い草で、少し癇に障る。
「『フランクール公が名乗りを上げられるなんて』と、母上は早速姿絵を求めて人を差し向けたようですよ?」
「……は?」
王妃陛下! いったい何をなさっておられるのです!
「フランクール公は二十二歳でしたね。ちょうど十歳差かぁ」
何がちょうどなのかわからないし、王妃陛下が姿絵を求める意味がわからない。
「色々とお膳立てしてもらっているのに、いまだに婚約者を決められない私を、母上はものすごく残念な子を見るような眼差しで見てくるのです。本当に居た堪れない……。最近では、はっきり口にされることも増えてきたので、そういうときは『あんなに立派なフランクール公でさえまだ婚約されていない』と言うと黙ってくださるのです。便利な言い訳だし、勇気をもらえていたのですが……」
そんな言い訳に使わないでいただきたい。それよりも――。
「王太子になられたことですし、私への敬語は止めてください」
「いえいえ。まだまだ若輩者ですから」
そう言う割には、先ほど何気に失礼なことを言われた気がする。
特に話はないようなので私の方から挨拶しようとしたが、殿下に先に言われてしまった。
「私から声をかけておきながら、なんだか独り言を聞いてもらってしまいましたね。お引き止めしてしまいすみません」
「いえ」
黙礼をして、殿下が廊下の角を曲がるまで見送る。
「当分はフランクール公に先を越される心配はなさそうだなぁ」
陛下といい殿下といい、この城に住む者たちは、なぜそうも聞こえよがしにつぶやくのだ!
第一章完結です。
明日から第二章に入ります!




