29 公爵の返事
異世界転生(恋愛)の連載中日間ランキング3位!
ブクマ、評価をくださった皆様、ありがとうございます。
王冠マークが付いて嬉しい!
「はい。お忙しいフランクール公爵閣下の時間を無駄にする訳にはまいりませんので、単刀直入にお話しさせていただきます。閣下に、モンテンセン伯爵となった私の後見人をお願いしたいのです。本日の面談は、閣下に私という人間を知っていただく機会を頂けたものと思っております」
本当はもう少し貴族らしく回りくどい言い方で、仄めかすことができればよかったんだけど。
「ふむ。だが君はまだ十二歳で、ほとんど公の場には出ていないね? 学園にも通っていないため学業の成績の評価もできない。君の人となりを知るには、君の成長を待つ必要があると思うが?」
……お、お仕事モードの公爵は格好いい。
腿の上に腕を置いて、両手の指を軽く交差して座っている姿は、女性誌の「憧れの先輩社員特集」のモデルみたい。
「はい。おっしゃる通りです。今現在の私には、これといった経歴はございません。ただ、子どもだからといって、これまでのように領地経営を家令に丸投げするつもりはございません。領地経営についてはゼロから学ぶことになりますが、その責務を忠実に果たしたいと思っております。私が閣下の及第点をいただける領主になれるかどうかは、現時点ではご判断いただけないことは承知しております。ですが、それでも真剣に取り組む意思を示したく、言葉だけでなく私なりに資料としてまとめてみましたので、ご覧いただけますでしょうか」
ここで打ち合わせ通りに、ドニが五枚の紙を公爵の前に置いてくれる。私の力作だ。
ちなみにレイモンはいざというときにだけ口出しをすると言って、部屋の端に控えている。ドニにとってもデビュー戦らしい。
公爵は「資料」という言葉に「ん?」という反応を示したけど、手元に紙が置かれると手に取ってパラパラッとめくった――かと思うと、すぐに表紙に戻って読み始めた。
いまいち表情が読みづらいので、感触がいいのか悪いのかわからない。
「こちらは、私が領地を視察した際に聞き取りをした内容を元に、私なりに将来の展望をまとめたものになります」
むふふ。よしよし。我が野望を語るときがきた。
一枚目には目指すべき領地の姿と、そのためになすべき事業を簡潔に記した。派手なランドマーク構想が公爵の目に留まったはずなのに、それほど驚いたようには見えない。
二枚目には、領地の現状と領民たちの要望を簡潔に記載している。
三枚目からは具体的な数字による解説だ。
領地の主要な産業を売上高別に円グラフにして、それぞれに色を塗った。やっぱり白黒よりはカラーの方がインパクトがあるからね。ドニに無理を言って絵の具を買ってきてもらったのだ。
それぞれの産業ごとの主要な商品も売上高別の円グラフにしてある。こちらももちろん色付きだ。
数字についての出典はレイモン。監修してもらったので間違いないはず。
「雲を掴むような夢物語に見えるでしょうが、『実現させたい将来像』として掲げてみました。そこに近づけるように取り組みたいと思っております。具体的な計画に落とし込むには、市場調査が不足していることは理解しております」
昨日、繰り返しリハをしたから、もうセリフが澱みなく出てくる。
資料作成にあたっては、ソフィアの意見も参考にした。やはり貴族令嬢はあまり外出する機会がないらしい。屋敷に篭りがちな令嬢と平民との体力の差は一目瞭然。
ランドマークとしてオーベルジュを建てるつもりだから、体力向上すなわち基礎代謝アップを目指して、食事と運動をメニューにした宿泊プランを考えた。
太りにくい体は女性みんなが欲しがるはずだもの。ウォーキングを兼ねた森林浴ってよくない?
まずは初年度の取り組みとして、優先順位の上位である治水と森林整備から実行したいと言おうとしたところで、公爵がカッと目を見開いて私の言葉を遮った。
「君が立派な領主になりたいと考えていることはわかった。だが、それ以前に、君は貴族令嬢としての教育をきちんと受けるべきだと思う。随分と慌てて大人になろうとしているようだが、貴族として申し分のない令嬢になることが先決なのではないか? 領地経営に携わるのは、王立学園を卒業してからで十分だと思うが」
……へ?
ちょ、ちょっと待って。この資料を――この私の熱いプレゼンを、「それはひとまず置いておいて」って言ってる? 何の話をしているの?
「自分の意図しない方向に話が逸れたからといって、そのような顔をしてはならない。そういう基本的なところから、まずは学ぶ必要があると思う。君は十二歳になるというのに家庭教師をつけていないね? 普通ならば学園の入学準備として、家庭教師に各教科の基礎と、マナーとダンスを学んでいなければならないはずなのだが……。何もそこまで落ち込まなくてもよい。お父上を亡くされてすぐに領地に足を運んだ行動力は買おう。だが、領地経営については君よりも家令と話をしたい」
……ん?
「あの、それはつまり――」
「後見人の件、私でよければ引き受けよう」
え? マジで……?
「君はまだ十二歳だ。大人の庇護下にあるべき年齢だ」
お、おう。
「この二週間、随分と慌ただしく過ごしたのではないか? ちなみに私が断った場合はどうするか、家令と話し合っていたのだろうか?」
……いいえ。話していません。
第二、第三とぽんぽん貴族の名前を言えるほど知らないので。
でもよかった。引き受けてもらえるんだ。
……う。泣いてもいいかな? なんとなく、子どもっぽさをご所望のようですし。
「手続きもこちらでしておこう。そちらからの依頼だ。異存はないね」
「はい。よろしくお願いします」
「よろしい。では――」
うっかり、「バンザーイ!」と手を挙げそうになったのをグッと堪えていたら、公爵から、今後一年間に私が学習すべき教育カリキュラムを言い渡された。
うげっ。




