28 お菓子に夢中
ここ数日、PVが跳ね上がって驚いています。
皆様にランキング上位に押し上げていただいたお陰です。
ありがとうございます。
何にせよ、つかみは大事。でもその前に場を温めるのが先か。
ほんと、初対面だし情報は少ないし、もう出たとこ勝負だよ。
「フランクール公爵閣下――」
ええっと。きちんと呼びかけるときは「閣下」。本当なら、こういう場では少し砕けて「公爵」でもいいとレイモンから聞いたけど。
初対面だし、どうも堅そうな感じなので、「フランクール公爵閣下」を選択。
「お口に合うとよろしいのですが。まだ社交もおぼつかない身でございまして、満足なおもてなしができないことを先にお詫びいたします」
毒味を兼ねてまず私が紅茶を一口飲む。うん。美味しい。みんな頑張ってくれているよ、ほんとに。
あ、公爵も飲んでくれた。どうかな?
「結構。これなら茶会で出しても大丈夫だ」
やったー! レイモン。ドニ。ローラ。アルマ。聞いた? 合格だってー!
となると次は――。
「こちらの焼き菓子は、甘い物が苦手な殿方にも召し上がっていただけるよう工夫してみたのですが。もしお嫌いでしたら、ラム酒に漬けたレーズンなどいかがでしょう? バターと一緒に召し上がっていただけるように、混ぜ合わせたものを冷やしてございます。苦手でなければこうしてパイ生地に載せて召し上がっていただけますと、より一層楽しめます」
くっくっくっ。
資料作りから逃亡してはお菓子の試作を繰り返した結果、男性陣の意見を採用して、パウンドケーキとショートブレッドとレーズンバター&薄く焼いたパイ生地を用意したのだ。
これまた毒味も兼ねたデモンストレーションとして、レーズンバターサンドよろしく、パイ生地にレーズンバターを載せて、パリッと食べてみせた。
あ、いい音! アルマすごいよ。めちゃくちゃ上手に焼けている。パイ生地の層は何層あるんだろ? バタークリームも美味しい。
ラム酒がよく効いているので、レイモンからは一日一枚だけと制限されてしまったけど、うん。やっぱり美味しい。
思わずお客様の存在を忘れて口の中の幸福を噛み締めてしまった。慌てて毒味をしたまでだと取り繕っては見たものの、赤髪従者さんが笑いを堪えている。……バレた。
でも公爵は顔色ひとつ変えずに、物分かりのよい客として、私と同じようにパイ生地にレーズンバターを載せて上品に口に入れた。
不思議なことに、これまで表情らしい表情がなかった公爵の顔に、咀嚼するごとに赤みが差していく。
もしや公爵は甘い物がいける口?
……ならば。
「お口に合いましたでしょうか?」
「ああ。これは酒のつまみにもよさそうだ」
よぉっし!
じゃあ、とりあえず残りの二種類も食べて見せておこう。毒味はホステス役の大事な仕事だからね。
「是非、こちらのケーキもお召し上がりください」
そう言って、パウンドケーキを口に運ぶ。
パウンドケーキにはクルミと、原始的に天日干ししたイチジクを入れてみた。これが大成功! 前世でも通用する味だと思う。
パウンドケーキという名前は材料を思い出すのに本当に役に立つ。コツはバターを常温に戻すことと、バターと砂糖とをよく混ぜて空気を含ませること、それと卵を少しずつ入れることだもんね。
ベーキングパウダーがないから、卵白をメレンゲにして膨らませた作戦がよかったのかもしれない。
確か卵一個は50グラムだったから、卵を二個使うことにして、バターと砂糖と薄力粉は100グラムずつ。超簡単。
焼きだけはアルマに任せたけど。
意外にも公爵は素直に手をつけてくれる。それでもパウンドケーキの一口サイズが私のよりも小さいところが可愛らしい。まあ甘すぎることを警戒したのかもしれない。
「これは――随分と食べやすい。中に入っているのはクルミだろうか? 小気味よいな。それほど甘くはないが、しっとりとしたケーキの食感も果実と合わさって面白い」
気に入ってくれたみたい。よかったー。
「はい。中に入っている果実は乾燥させたイチジクです」
「うむ。なるほど。なかなか」
あっ。おぉっ。
公爵がパウンドケーキを完食した! 気に入ってくれたようだから、私たちのおやつ用にとっておいたやつをお土産に渡そうかな……。
「こちらのクッキーは、ケーキよりも甘さを感じられると思いますが、口当たりが軽いので、それほど気にならないと思います。どうぞお試しください」
そして私が丸いショートブレッドを口に入れると、公爵もすかさず口に入れた。
え? 早過ぎない? それだと毒味の意味がないんじゃ……?
「ふむ。これは美味しい。いくらでもいけそうだ」
え? そんなに気に入りましたか。
ショートブレッドの方の材料はうろ覚えだったけど、なんとなく、砂糖:バター:薄力粉が、1:2:3だったような気がして試してみたら、薄力粉が少ないことがわかった。
ねちょっと手につく感じだったので、気持ち薄力粉を追加すると、記憶にある生地の固さになった。
クッキーとして出したかったので、直径三センチの棒状にして、念には念を入れて一晩寝かしてから五ミリほどに切って焼いたけど、これも上出来!
……えっと。ちょっと待って。
公爵はあっという間にショートブレッドも完食して、残っているレーズンバターに手をつけている。
なんか……。ちょっと……。イメージが……。
私の目が点になっていると、赤髪従者さんが、「コホン」と小さく咳払いをして、「リュドビク様」と呟いた。
そこで初めて公爵は我に返ったみたいで、ハッとして手を止めた。
ここまで夢中になってくれるとは思ってもみなかったから私は嬉しいんだけど、いい年をした男性である公爵にしてみれば、やっぱり恥ずかしいのかな?
……あれ?
というよりも、確かお客様って、「十分なもてなしでした」という意味で、出されたお菓子は残すのがマナーじゃなかった? レイモンにそう聞いたけど?
あー。もしかして、やってしまいましたか?
まぁここは、「アルマのお菓子が美味しすぎたせい」ということで、公爵に恥をかかせないようスルーしなくっちゃね。
「お茶が冷めてしまいましたね。すぐに淹れ直させますので」
ドニはすぐに下がると、紅茶ポットとお菓子のお代わりを持ってきた。
「気を遣わせてしまい申し訳ない。一息ついたので、そろそろ本題に入るとしよう」
きたっ! いよいよだ。
公爵は冷ややかな目を向けて何事もなかったかのように仕切っているけど、お菓子をペロリと完食したことを思うと、ちょっと笑えてくる。
こら! 笑うな、私! ヤバい。耐えろ。




