27 リュドビク・フランクール公爵
やっと公爵の登場です。ここまで長かった……。
目が覚めたら朝で、面談まで残り六日となってしまった。どうしよう。毎朝カウントダウンをして自分を追いこんでいる気がする。でも止められない。
ジュリアンさんには、私の具合がよくならなかったら連絡をするということで帰ってもらったらしい。
うーん。そういうことなら連絡しづらい。彼にはほとぼりが冷めてから連絡をすることにしよう。
プレゼン資料(となるはずのもの)を前にして、今更ながらレイモンの忠告が沁みてくる。甘かったわ、私。なんで数日で資料を作れるなんて考えたんだろう。
とりあえずレイモンに聞いたざっくりした数字や割合を元に、自領の現状をわかりやすくまとめてはみた。
でもなー。ろくに世の中を知らない十二歳の少女が作った資料だよ? 正確性の担保もないし。こんなの見てもらえるのかな?
しかも将来の展望なんて、まるで夢物語だし。私、前世を思い出して興奮状態だったから……。
「ため息ばかりつかれていますが、何かお手伝いできることはございませんか?」
……ドニ? あれ? 私、ノックにも気がついていなかった?
それにしても相変わらず女子受け抜群の笑顔だね。
「別にないわ。約束の日まで一週間を切ったと思うと、緊張してきたのかもしれないわ」
「緊張――ですか」
は? お前がか? みたいな反応は意外なんですけど。
「それより、挨拶は私からするのよね? 『お初にお目にかかります。マルティーヌ・モンテンセンでございます』で、大丈夫かしら?」
「さようでございますね」
あら。レイモンみたいな口調もできるんだ。
「マルティーヌ様のマナーは問題ないと思います。儀礼うんぬんよりも、マルティーヌ様の熱意がフランクール公爵閣下に伝わることが肝要かと。今お考えのことを一つ残らずお話しできるよう、資料をまとめられるとよろしいのではないでしょうか?」
お、おう。サンクス、ドニ。まともなアドバイスをありがとう。
「それよりも。かのフランクール公爵閣下がお好みだと噂の茶葉を入手いたしましたので、早速お淹れしてきました。当日はこちらでおもてなしを考えておりますが、いかがでしょうか」
そう言ってドニが淹れてくれた紅茶を口に含むと、ふわりと爽やかな香りが口の中に広がった。少し甘い香りもする。
うんうん。これ、美味しいじゃない。私もこの味好きだわ。
「噂が間違っていたとしても、このお茶は美味しいわ。これにしましょう。茶菓子も候補があるのかしら?」
「いえ、それが――」と言い淀んでニヤリと意地悪く笑うドニを見てわかった。なるほど。茶菓子の相談に来たんだな。最初からそう言えばいいのに。
「フランクール公爵閣下は、社交の場でお菓子を召し上がることがないらしいのです。まあ噂に過ぎませんが。ですが目撃した方によれば、まるで仇でも見るような目でお菓子を睨みつけていたと聞きました――」
あれだよね? 例の高級なお菓子の類でしょ? あのジャリジャリが許せないのかな。
「でも出さない訳にはいかないわ。砂糖を控えめにした焼き菓子を、そうね、すごく小さめにして――」
あ! ここで手作りを出すのはどうかな? あなたのことを思いながら焼きました作戦。というよりも、子どもっぽいあざと作戦だけど。
「私が焼こうかしら。話を聞いてくださるお礼として。お忙しい方のお時間を頂いたのだもの。心を込めたおもてなしをしなくてはならないわ」
「手作り……? もしや現実逃避をされています?」
「あんな砂糖をまぶしたようなお菓子は出せないわ。物足りないくらいの甘さのお菓子を作りましょう」
「もしもーし。私の声は届いていますか?」
「まぁ大変。試作する時間があまりないわ」
「……はぁ。レシピを何種類かアルマに伝えるだけでよろしいのでは?」
――結局。
書き物をして行き詰ると厨房へ行き、お菓子を作るようになった。焼き上げる工程はアルマに頼んで。
ローラからは厨房入りを猛反対されたけど、焼き上がったお菓子をあげると、思いの外口に合ったのか、「仕方ありませんね」とあっさりと手のひらを返してきた。
そうしてあっという間に日にちが過ぎ、約束の日を迎えたのだった。
タウンハウスの応接室は、そこかしこにダリアが飾られて芳しい香りが充満している。一応、フランクール公爵は花については無頓着という噂だったので、それを信じることにしたのだ。
ダリアはいざというときの泣き落としの小道具にも使える。なので、「母の愛した花」でおもてなしをすることにした。
昨日戻ってきたレイモンが指揮を執り、ドニやローラと三人がかりで家具や調度品を入れ替えて磨き上げ、応接室の設えを整えたのだった。
その応接室の上座の席に、後見人候補のリュドビク・フランクール公爵が、従者兼護衛という男性を連れて鎮座されている。
ちょっと――。なんというか、目力がすごい。
今、私は、絶対的な支配者を前に、自分の胆力を試されているのかもしれない。
というか、支配者から、「我の前に立つからには、いかに小国の王だとしても一歩も引かぬという気構えを見せてみろ」と、要求されているような気がする。
粗相などしようものなら、あっという間に葬られそうな圧迫感をひしひしと感じながらも、相手の醸し出すオーラに従って挨拶をする。
「ようこそお越しくださいました。リュドビク・フランクール公爵。お初にお目にかかります。マルティーヌ・モンテンセンでございます。どうぞマルティーヌとお呼びください。此度は面談の機会をいただけましたこと、誠にありがたく存じます」
「リュドビク・フランクールだ。君も座りたまえ」
ま、そりゃ、「どうかリュドビクと呼んで」なんて言われないとは思ったけどさ。堅いよ。ガッチガチに凝り固まっているよ。
これ――私にほぐせる?
顔はねぇ。ものすごく綺麗なんだけどねぇ。公爵の髪の色は意外にも黒色で――勝手に金髪とか銀髪とかだと思っていた――、瞳の色は吸い込まれそうなほどに深い青色。
もー、ものすごく良くできているんだよねー。造形はねー。
王族や高位貴族には美人が輿入れするから、美貌DNAが蓄積されているんだろうけど。
うーん。だけど、なんか軍人さんみたいな雰囲気を漂わせていて、全然気が抜けないところが、「惜しい」って感じ。
凛々しいというよりも、文字通り厳しいって感じなんだよね。人間の体って六十パーセントが水分でできているんだっけ? 公爵は八十パーセントが威厳でできていそう。
ああ勿体無い。笑わなくてもいいから、険をとってほしい。
それに引き換え従者の方は、ドニに輪をかけてチャラそうなんだよね。
ウエーブのかかった赤髪に、これまた綺麗な緑の瞳。部屋に入ってからも終始にっこり微笑んでいる。ほんと、不思議な組み合わせ。
……は! そんなことよりも、まずは自己紹介――いや、自己アピールをしなくては!
第一章の完結まであと少しですが、これまでの分を取り戻すかのように公爵は出ずっぱりになる予定です。




