25 ランドマーク構想
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美味しい昼食でエネルギーを補充したご主人は、別れの挨拶でようやく普通に接してくれるようになった。
次に訪れたときは、力を抜いて対応してもらえるかもしれない。
……あ。食べることに夢中になって、改善点とか聞くの忘れちゃった。これじゃあ視察じゃなくて試食、まんま観光だ。
あー、私、朝からずっと心の中で「観光」って言ってたもんね。うわあ。言霊に支配されてる!
それでもまあ、これで全日程が終了したんだなあと馬車の中でお腹をさすっていたら、レイモンが特大の別腹デザートを用意してくれていた。
「では最後に、商店が立ち並ぶ中心街を通って戻るといたしましょう」
ええっ! 中心街!?
「それは楽しみだわ」
気の済むまで食べたせいで馬車の中でうとうとしてしまったらしい。喧騒が聞こえて、ふと窓の外に目をやると整備された街並みが見えた。
街だ! 街があった! もちろん王都に比較すると規模は小さいけれど、まごうことなき街があった。
王都が東京や大阪だとしたら、うちの領都は政令指定都市くらいには発展していそう。
たくさんの店が立ち並び、多くの人が行き交っている。道行く人の表情が明るくてホッとした。幸せに暮らしているみたいでよかった。
「……すごい。ここが領地で一番賑わっているところなのね」
「はい。王都に行かなくても、大抵の物はここで手に入ります」
レイモンが誇らしげに言うところが、ちょっと可愛い。
「ローラもよく来るの?」
「よく」と聞いたのが悪かったのか、ローラは少し悩んでから答えてくれた。
「それほどではありませんが。子どもの頃は両親に連れられて来るのが楽しみでした」
「そうなのね。リエーフも来たことあるのかしら?」
レイモンは、私が窓を開けてリエーフに声をかけると思ったらしく、そっと窓に手を当てて牽制してから、「私が何度か使いに出したことがありますので、あれも慣れております」と、答えてくれた。
「マルティーヌ様のご案内は私にお任せください。と言うよりも、マルティーヌ様がこちらに滞在なさるのでしたら、店主たちにお顔を見せて差し上げていただきたいのです。彼らにとっては、領主に使用してもらえること以上に光栄なことはございませんから。ドレスメーカーからは、普段着でもいいので仕立てさせてほしいと申し入れがあったくらいです」
「ローラ。自分の立場をわきまえなさい」
レイモンにジロリと視線で叱責されたローラは、ピクンと反応して、「申し訳ありません」と頭を下げた。
「レイモン、いいのよ。私もカントリーハウスで生活を始めたら、改めてここを楽しみたいわ」
ローラがぽうっと頬を緩めたのは、きっと私のお供で来られると思ったからだね。
それでもやっぱり王都ほどの規模ではないため、馬車で走っていると、周りの景色はあっという間に商業地から住宅街へと変わってしまった。
「まだ位置関係が頭に入っていないのだけれど、領都の中心街とカントリーハウスの間に、住宅街があるのね」
「はい。お屋敷で働いている通いの者たちは、ほぼ、この辺りに住んでおります。中心街からカントリーハウスまでは、乗合馬車もたくさん行き来しておりますから足に不自由はしません」
ありがとう、レイモン。素敵な街づくりをしてくれて。
レイモンは自分の分をわきまえているせいで、本当ならやりたかったこともグッと我慢してやらずにいたんだろうな。
領民たちからも色んな相談を受けていたはず。それを領主に言ったところで何一つ解決しないどころか、まともに話すら聞いてもらえなかったんじゃないかな。
生真面目なレイモンが、あの父親と合うはずがない。あの男のことだ、きっとレイモンの顔を見ただけで機嫌を悪くしていたに違いない。
レイモンのストレス耐性ってすごいかも。
「何か気になることがございますか?」
……あ。
レイモンの顔をまじまじと見つめ過ぎたみたい。
「気になるというか――」
なんとか言葉を濁してやり過ごそうと思ったのに、頭の中を何かがよぎった。
……ん? あれ……? ……あ!
ポコポコ空き地があるのが気になってたんだ。
「ねえレイモン。区画整理? ええと、新規に道路を整備したり、商店が出店できるエリアを拡大したりとか、そういう試みはやっぱり――十五年間何もしていないのよね?」
代行って、現状維持しかできないよね。意思決定は領主の権限だもの。
自分で立案した新規事業を推し進めるなんて越権行為を、このレイモンがするはずがない。
「……はい。先代はご興味がないご様子で」
くぅ。ほんっとにごめんなさい。うちの領地にだって、起業したい若者もいたんじゃない? やる気のある人たちって、まさかみんな領地を出て行ったりしてないよね?
「ねえレイモン。どんな商売にも流行り廃りがあるわよね? 新陳代謝というか。新しい風って必要だと思うのだけれど。それに流行に敏感なのは若い人よね?」
聡いレイモンは、私が言わんとしたことを瞬時に理解してくれた。
「……マルティーヌ様」
いっけない。今の言い方って子どもっぽくなかったかも。
「失礼ですが、タウンハウスの使用人を整理していて気づいたのですが、家庭教師を雇われていなかったようですね。奥様亡き後、どのように学習なさっておられたのでしょう?」
で、ですよねー。気になりますよねー。うわぁ、ド直球できた!
ヤバいヤバい。
「ちょ、ちょくちょくソフィアと手紙をやりとりしていたし(嘘だけど!)。人の話を聞くしかなかったから、耳年増というか。まぁ……ね?」
何が、「ね?」なのか、自分で言っててわからないけど、レイモンは目一杯汲んでくれたみたい。
「さようでございますか。あぁ、コホン。その、マルティーヌ様のおっしゃる通りでございます。流行を追うのは平民も同じです。長く商売をしていて代替わりしていない店などは、やはり客離れがおきておりますし。かといって好立地にある店舗は手放しづらいものです。新陳代謝という面では、モンテンセン伯爵領は古くなる一方と言わざるを得ません」
「それは、あまりいい状態とは言えないわよね?」
「はい。マルティーヌ様が新しい風を吹かせてくださることを領民たちは期待していると思います」
お? おう。……は?
「私、そういう仕事を期待されているの?」
「それに限ったことではございませんが。お若くて、しかも女性の領主が改革を宣言されたのですから、いやが上にも期待が高まるというものでございます」
「そ、そうなのね。それでは私も頑張らないといけないわね」
あれだな。あの演説に尾ヒレがついて、とんでもないことになっているんだな。
それに私、「改革」なんて言葉は使ってないと思うんだけど? レイモンの中でも何やら変換されておかしなことになってない?
「ねえレイモン。中心街や住宅街に近いところに空き地があったのは何故かしら? 中心街に出店できない方や、そもそも出店する余地がなくなってしまったら、隣接するエリアに開発が移るものではないかしら?」
「……マルティーヌ様。そのようなお考えは亡き奥様から学ばれたのでしょうか? 一目見てそこまで――」
うん。この辺で止めておいた方がよさそう。レイモンもローラも女神でも崇めるような顔つきになっちゃってる。
私の評価が爆上がり中なのはわかったけど、実力が追いつかないから止めてほしい。
でもなぁ。せっかくなら、新都心構想なんて大それたものじゃないけど、空いている土地にドカンとうちの領の目玉みたいな建物を建てて、そこを中心に発展していけたらいいな。
よし! やっぱりランドマークが必要だ。
いやいや。待て待て。落ち着け、私。
大きすぎる夢は駄目でしょう。そんな夢見がちなプレゼンはどうかと思う。
まずは小さな目標を立てて、一つ一つ着実に実現させる。
そうやって実績を作りつつ、徐々に大きな目標を立てていかないとね。
そうしないと、大風呂敷を広げているだけの夢見がちな少女って思われちゃう。
男性はそもそも現実的で、合理的な話が好きだしね。
あぁあー。「感覚」で語り合える領主仲間がほしいなー。




