185 なんか見たことあるシチュエーション
「はぁ」
……疲れた。なんか疲れた。
「マルティーヌ様。どうされますか? このまま真っ直ぐお帰りになりますか? それともどこかに寄られますか?」
ローラにそう聞かれたけれど、寄りたいところなんて思い浮かばない。
「今日は真っ直ぐ帰るわ」
「かしこまりました」
ローラが御者に帰宅を命じると、馬車のスピードが上がった。
おそらく私の返事次第では向きを変えることもあるだろうと、トロトロ走らせていたのだろう。
「ふぅ」
背もたれにぐったりと背中をつけて息を吐いたときだった。
御者の「うわっ」という声と馬のいななきが聞こえて、馬車が急停車した。
あっぶな。
しゃべっていたら舌を噛んでいたかもよ?
「マルティーヌ様。私が何事か確認してきますので、このまま馬車の中でお待ちください」
「わかったわ」
シェリルがドアを開けて駆け降りていく。
私も窓に顔がくっつかないギリギリの距離で、外の様子を窺った。
でも前方で何かあったみたいで、何も見えない。
ちょっとだけドアを開けようかと視線を移しただけなのに、ローラに、「なりません!」と叱られてしまった。
ちぇっ。
再びいい子モードで座り直したら、トントントンとノックしてシェリルがドアを開けた。
「マルティーヌ様。コラージェ子爵家のご次男セオ様が、ご挨拶をと申しておりますが、いかがいたしましょう?」
え? 誰だって?
コラージェ子爵家……コラージェ……あ、思い出した。
うちの領地の南側だ。お隣さんだね。
次男だと……確か……。
「お受けするわ」
……にしても、なぜこんな往来で?
しかも急停車したよね?
馬車から降りると、ひょこっと少年が現れた。
私と同じくらいの背丈の少年は、名乗る前にニカっと笑った。
オレンジ色の髪がツンツン跳ねていて快活そう。
シェリルが咳払いしながら説明してくれた。
「マルティーヌ様。こちらがコラージェ子爵家のご子息セオ様です。馬車の前に飛び出してきた猫を助けるために、飛び込んで来られたのです」
危ないじゃん!
あ、シェリルもちょっと怒ってるね。
「それほどスピードが出ていなかったため、セオ様に接触せずに停まれました」
「猫も無事だったよ。もうどこかに行っちゃったけど」
ええと。お互い、貴族だよね。名乗りは?
貴族っぽくない子だなぁ。
「……コホン」
シェリルが自制しながらも、「名乗れ」と促している。
「……? あっ。ははは。申し遅れました。セオ・コラージェです。私も秋から王立学園に入学するのでモンテンセン伯爵とは同級生ですね」
だよね。
そうだと思ったよ。
「あ、馬車の紋章を見てモンテンセン伯爵だと――そうではないかと思ったのです」
うわぁ。本当にみんな入学前にあの貴族名鑑を暗記しているんだ!
「そうだったのですね。お恥ずかしながら、私は知り合いが少ないので、こんな出会い方ですが入学前に知己を得られて嬉しく思います」
「いやあ、まさかオレ――私も入学前にこんな有名人と知り合えるなんて――あぁ、とにかく驚きました」
……え? どっちの『有名』?
前当主のゲスっぷりの方? それとも私みたいなちびっ子が当主になった方?
っていうか、いきなり口調が砕けてない?
表情筋としゃべり方の訓練が不足しているね。
「十二歳で土地持ちの当主だなんてすごいよ!」
そっちか! ふぅ。よかった。
「秋からは同じ学生ですので、どうか私のことは『マルティーヌ』とお呼びください。それに、口調も普通でいいですよ?」
シェリルとローラがギョッとしているけれど、まあ、私がいいって言ったんだから、いいじゃないの。
「お! そうか。助かる。マルティーヌだな。オレのことはセオでいいぞ」
「セオ――ですね」
「ああ! じゃあ、またっ! 入学式でなっ!」
「え?」
セオはくるりと背を向けると駆け出した。
「ええ。それではまた」
もう聞こえていないかもしれないと思ったけれど、セオは後ろ向きのまま大きく手を振ってくれた。
それにしても、いくら男の子とはいえ、誰も付けずに出歩いて大丈夫なの?
子爵家とか男爵家とかは、上位貴族とは常識が異なるのかな?
カドコミで「転生した私は幼い女伯爵」の第9話①が更新されています。




