179 ソースの完成
次回の更新は11月28日を予定しています。
七月に入ってすぐにサッシュバル夫人が旅立って行った。
馬車の窓から夫人が手を振ってくれたのを見て、また少し泣いてしまった。
あれ? 十三歳にしては涙もろくない?
私の王都への出発は十日に決まったらしい。何やらレイモンと公爵との間でせめぎ合いがあったみたいだけど。
レイモンの指示で使用人たちが引っ越しの準備を始めているので、自室にいても何だか落ち着かない。
レイモンは、洋服や靴などは私が魔法で好きに作れることを知っているので、普段着――レイモンに言わせれば貴族令嬢とわからないような平服――の手配はしていないとのこと。
まあ作ってもらったとしても、好きに作り変えちゃう可能性が高いもんね。
それでも、「タウンハウスではあまり軽装で過ごさないように」と、やんわり注意されたので、お忍びで街に遊びに行くときとかに着ることになりそう。
ローラには王都に持っていきたい物リストを渡してある。
例えば、完成一歩手前のホットサンドメーカーの試作品とか、ヴィッキーに描き溜めてもらっていた特産品に貼るロゴの絵とか。
多分、タウンハウスにも友達を呼んだりすると思うので、帰り際にお土産として渡す焼き菓子などにちゃんとロゴを貼って『モンテンセン伯爵領の特産品』として宣伝しなくっちゃね。
勉強の時間がなくなった私は引っ越しの準備もないので、ここ数日はその空いた時間を全て、やり残していた『ソース開発』に充てている。
領地を離れるまでには、何が何でも完成させたい。
今日も午前中からシェリルとリエーフを伴ってオーベルジュにやって来た。
ローラがいないのは少し変な気がするけれど、彼女は引っ越し準備で忙しくしているから仕方がない。
先週からトマトが少しずつ入荷してきているので、まずはロディがうちのケチャップを一人で作れるように、アルマにつきっきりで指導してもらっている。あとマヨネーズもね。
ロディは黄金の舌を持っているのか、あっという間に私たちが作った味を一人で再現できるようになった。
レストランで食事をした客には、マヨネーズが飛ぶように売れている。
卵を使っていて日持ちしないので、販売時には必ず、「明日までにお召し上がりください」と注意してもらっているけれど、まとめ買いをする人がいるらしい。
前世と同じように口を揃えて、「ご近所さんの分」とか言うらしいけど、大丈夫か?
ケチャップとマヨネーズときたら、やっぱりソースもラインナップに加えたいよねぇ。
デッドラインが近づいてきているけれど、本当に後もう少しなのだ。
もう何十回と味見をして、今ではほとんど違いを感じ取れなくなっているので、ぶっちゃけ私的にはオッケーと言いたい。
でも凝り性のアルマが微調整を始めちゃったんだよねぇ。
微調整の手前まではロディが作れるようになっているので、アルマの納得待ちなんだけど。
今日こそは終了宣言をしよう。
そのためにシェリルとリエーフにも味見をしてもらって、数でアルマを説得するのだ。
一応、レストラン横の専用厨房に入る前に、二人に念を押しておく。
「いい? シェリルもリエーフも。たとえどんな味だろうと、これ以上はないというぐらいに絶賛してね」
「マルティーヌ様。何をそれほど心配されているのかわかりませんが、モンテンセン伯爵領で食べる物にハズレなんてないと思います。こちらに来てからというもの、出される料理には驚かされてばかりです。何を食べても美味しかったので、まずいものが出てくるはずがないと思います」
そうだったんだ。シェリルの口に合ってよかった。
「私もアルマの料理は好きです。ただ、絶賛とは具体的にどのようなことを言えばいいのでしょうか……?」
リエーフは真面目か!
「ああ、ごめんなさいね。美味しいと褒めてくれるだけでいいわ」
リエーフは口数が少ない分、「美味しい」の一言で十分だと思う。
「さあ! 行くわよ!」
専用厨房に入ると、アルマもロディも作業はしておらず、かしこまって私の到着を待ってくれていた。
「アルマ。それにロディも。珍しいわね。あなたたち、いつもはあたふたと動いているのに」
「マルティーヌ様。今日は最終試験のおつもりでいらしたのでしょう? 私とロディもそのつもりで準備してまいりましたので、今日はご満足いただける物をご試食していただけると思います」
……え?! ってことは、アルマ自身が納得する物ができたってことじゃない?
はい、採用! それで決定! と言いたいところだけど、グッと我慢して微笑をセットする。
最終試験に合格したというのが大事なんだよね。
「せっかくだからシェリルとリエーフも一緒にいいかしら?」
「もちろんです」
アルマがそう答えると、ロディが試食の準備を始めた。弟子だもんね。
ケチャップのときと同じで、ソース単体の試食と、料理に合わせての試食の二パターンを準備しているみたい。
厨房に入ったときから何かを焼いたような匂いがしていたからすぐにわかった。
アルマは紅茶を淹れてくれている。
ロディが小皿の上にスプーンを載せて運んできた。スプーンには焦げ茶色のソースが入っている。
続いてアルマが持って来てくれた料理は、アスパラのベーコン巻きだった。私の好物!
うっかりアスパラに手を伸ばしそうになったのを堪えて、まずはスプーンを口に運ぶ。
うん、美味しい!!
前回との違いが何かはわからないけれど、フルーティーでほのかな酸味が効いている。果物の甘さを感じられるので、きっと子どもにも好評なんじゃないかな。
「素晴らしいわ。果物と野菜の旨みを感じられて、そこに酸味も加わって言うことないわ。スパイスは上手に隠れているわね。表立ってスパイシーさを感じさせず引き立て役に回ってるのね。すごいわ」
何も準備する必要なんてなかった。口に入れれば美味しさを感じるんだから。
シェリルもリエーフも口に入れるまでは緊張していたみたいだけど、舌に触れた途端に顔を綻ばせた。
「マルティーヌ様! これは――これは何ですか? ケチャップとも違っていて、でもとても美味しいです!」
シェリル合格。
「私も美味しいと思います」
リエーフもまあ合格。
「じゃあ、アスパラに少しかけて食べてみましょう」
「はい!」
「はい」
シェリルも食べることが好きなんだね。ちょっと興奮気味なのが可愛い。
四センチほどのアスパラがベーコンで巻かれている。リエーフは一口でいっているけれど、私とシェリルは半分に切っていただく。
あー、これこれ! うん。ソースだ。 こんなんだったよねー。
「マルティーヌ様……いつものアスパラが……味が変わって……でも美味しいです」
ちょっと、シェリル。泣かないでよね?
「本当ですね。出来上がった物に味が追加されるんですね」
リエーフは三切れをペロリと完食している。
「アルマ。よくここまで作ってくれたわ。これこそが、私の探し求めていた味よ。これでソースは完成ね」
「はい!」
あ。ロディがほっとした顔をしている。お疲れ様。
「ここには当面、ロディ一人だけになるけれど大丈夫?」
「はい。アルマさんにつきっきりで鍛えていただいたので、トマトの違いによる調整もできるようになりました」
「まあ、すごいわ。もう少しすればフランクール公爵領からもトマトが届くから、うちの領地のトマトとはまた味が違っているんでしょうね」
「酸味と甘味の調整はできると思います。フランクール公爵領のトマトを使ったケチャップとソースも、最初の商品が完成次第、タウンハウスへお届けさせていただきますので、どうかお味をお確かめください」
あー楽しみだわ。おっと。公爵邸へも届けないとね。もしかしてお菓子の定期便に商品を追加することになるのかな?
まあ王都で会ったときに聞いてみよう。
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