176 【リュドビク視点】ショートケーキにポテトチップスだと?
サッシュバル夫人からの手紙が届き、マルティーヌ嬢のお茶会が無事に終わった旨の報告を読んでいると、母上が執務室にいらっしゃった。
母上が執務室に来られるのは珍しい。いつもなら私を呼び出すはずなのに。
これは……何だか嫌な予感がする。
「ねえ、リュドビク。マルティーヌちゃんがお茶会を開いたそうだけど、とても素敵なお菓子が出たらしいわよ? 初めてのお茶会なら味方が多い方がいいのに、どうして私は招待されなかったのかしら?」
「なにしろ初めての茶会開催ですからね。まあ子ども茶会ですよ。サッシュバル夫人と相談した上で、招待客は彼女の友人とその母君の四人に絞ったのです」
母上のことだ。事前に情報を入手したならば招待されていなくても押しかけたに違いない。
サッシュバル夫人とレイモンに、他言無用を厳重に申し渡しておいてよかった。
「まあ終わったことは仕方がないわ。マルティーヌちゃんは、王都にその料理人を連れてくるのかしら?」
つまり、その料理人を伴って王都に来るよう、私からマルティーヌ嬢に念押ししろと?
そしてそのお菓子を食べられる場を設けろと?
「母上。マルティーヌ嬢には茶会を開催するという経験をさせただけです。まだまだ経験不足ですので、母上たちを招待して茶会を開くのは随分先になるかと思われます」
「いやあねぇ。どうしてお茶会に限定しなきゃいけないの? 私とマルティーヌちゃんの仲ですもの。私が遊びに行ってもいいし、昨年末のように我が家にお招きしてもいいじゃない? ダイアナがわざわざ『絶対に食べるべき』だって書いてよこしたのよ?」
……サッシュバル夫人。
マルティーヌ嬢の家庭教師を探しあぐねていたとき、母上から勧められて依頼したのだが、単なる友人ではなく学園時代からの親友だったとは知らなかった。
マルティーヌ嬢に関する近況報告は、私宛よりも母上宛の方が詳しいのかもしれない。
「マルティーヌ嬢が王都に引っ越して来れば、いつでも会えるではありませんか。何もそんなに急がれなくても――」
「リュドビク! あなたらしくないわね。恐ろしいまでに虜になるお菓子だそうよ? 既にカッサンドル伯爵夫人とドーリング伯爵夫人は食べているというのに! なんでも今まで食べたことのない柔らかさで、本当に信じられないくらいふわふわしていて、見た目もとても可愛らしいケーキらしいわ。オーベルジュの宿泊客だけが食べられる特別なお菓子なんですって。『ショートケーキ』というそうよ」
「ショートケーキ?」
マルティーヌ嬢はいつからそのようなケーキを作っていたのだろう?
そしてまた謎のネーミングだ。
私と王太子が訪問した際は、そこまで目新しいケーキは出されなかった。
彼女の性格からして出し惜しみはしないと思う。となると、あのときはまだ完成していなかったのか。
「それだけじゃないわ。お土産にも斬新なお菓子を渡したらしいわ。そっちは『ポテトチップス』というそうよ」
「ポテトチップス?」
相変わらず料理の開発に熱中しているようだな。
まあ学習については滞りなく終わったとサッシュバル夫人からのお墨付きがあるので心配はしていないが。
それにしても斬新な菓子とはいったい……。
「やっぱり。あなたも気になるでしょう? それともう一つ。最近開かれた茶会では、手を清めるために、最初に水で濡らした小さな手拭きが配られるようなの。少しずつだけど流行の兆しが見られるわ。発信元を探ると、マルティーヌちゃんのお茶会から戻ってすぐに開いたカッサンドル伯爵夫人のお茶会だったわ。ほとんど同じ頃にドーリング伯爵夫人も競い合うように躍起となって広めているから、まず間違いなくマルティーヌちゃんのお茶会で出されたのだと思うわ」
水で濡らした手拭き?
「意味がわからないけれど、その濡れた手拭きは『おしぼり』というそうよ」
おしぼり? はぁ……始めたのは絶対にマルティーヌ嬢だ。
「はぁ。わかりました。どうやらマルティーヌ嬢には詳しく話を聞いておく必要があるようです。来月、王都のタウンハウスへの引っ越しが完了したら、できるだけ早く我が家に顔を出すよう連絡しておきましょう」
「いいえ。それではマルティーヌちゃんの準備が大変だわ。長時間馬車に揺られて疲れているのに可哀想よ。私たちがマルティーヌちゃんのところに遊びに行きましょう! あなたが様子を見に行くとだけ伝えておいて、当日は急遽私も同行することになった――というのはどうかしら?」
そんな見え見えのことを?
おそらく彼女は馬車には揺られていないだろうが、まあそれでも疲れは出るだろう。
「わかりました。それでは王都に到着して一週間後の訪問を――」
「三日で十分じゃないかしら?」
「さすがにそれは――。せめて五日で――」
「三日目に訪問しましょう。日にちさえ決まれば何とかなるものよ。ドニに言っておけばいいんじゃない?」
「母上……はぁ……」
「じゃあ、決まりね」
私が頭を抱えていると、母上の前ではいまだに猫を被っているギヨームが、珍しくおずおずと申し出た。
「リュドビク様。よろしければ私がドニに伝言を頼んで参りましょうか? マルティーヌ様もあらかじめ心積もりをした上で王都にいらっしゃれば、おそらく三日後でも大丈夫なのではないでしょうか?」
ギヨームが頬をほんのりと紅潮させている。
……そうか。こいつも母上並みにその話題の菓子を食べたいのだな。
自分でドニに絶対に三日後だと、「否や」はないと言いに行きたいのだな。
「そうね、それがいいわ。そうしましょう。じゃあドニへの伝言はギヨームにお願いするわ。リュドビク。あなたはマルティーヌちゃんが王都に来る日を早く決めてしまいなさい。学園入学の準備もあるのだし、今日明日にでも来てほしいくらいよ。早すぎることなんてないんだから」
「まあ確かにマルティーヌ嬢には学園入学前に音楽や絵画の教養を――」
「あら! それは私に任せてちょうだい。あなたよりも私の方が得意だもの」
「それは、まあ――マルティーヌ嬢と会ったときに――」
「大丈夫よ。そんなことに頭を使うくらいなら、早いところ移動する算段をつけてちょうだい」
「はぁ。わかりました」
「じゃあ、マルティーヌちゃんが王都に到着する日が決まったら教えてちょうだい」
母上は自分の意見を強引に押し通すことができてご満悦の様子で部屋を出て行かれた。
確かに私が悩むのは違う気がしてきた。
結局のところ、全部マルティーヌ嬢の自業自得なのだ。
とはいえ、内輪の茶会を開催しただけで、ここまで社交界に影響を及ぼすことは彼女には想像できなかっただろう。
社交界にデビューしていないマルティーヌ嬢には無理からぬ話だ。
それにしても、引っ越しをいつにするかだな。
レイモンからは、「学園入学後はしばらく戻れないので時間の許す限り領地でお過ごしいただきたい」と、マルティーヌ嬢の出発をできるだけ遅らせたいと請われているが。
だがあまりに遅いと母上が暴走するおそれがある。
仕方がない。無闇に遅らせることは避けよう。
それにしても三日後とは悪いことをした。
料理人もタウンハウスの厨房の準備が整わないうちに菓子を作ることになるかもしれない。
当日は、どちらかといえば私が母上に同行する形になりそうだが、可能な限りフォローはしてやろう。
あくまでも制止ではなくフォローだがな。
ここまで興奮している母上を制することなど、どこの誰にもできないのだから。
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