175 お茶会の講評
一息ついてからカントリーハウスに戻ると、ようやく心の底から終わったと感じられた。
長かった……。
お茶会の招待状を出して、喜んで参加するという返事を貰って、諸々準備して、お茶会を開催して、礼状を受け取り、「次はぜひうちにいらして」という社交辞令に「もちろん伺いますわ」と返事をして、茶会に係る全タスクが終了する。
まだお礼状から後が残っているけれど、山場は超えた。
午後のお茶の時間にサッシュバル夫人から今回のお茶会の講評をいただくことになっている。
ドキドキするなぁ。
今日の午後のお茶は、どちらかというと公的な時間になるので応接室でいただくことにした。
一応、生徒という立場から先に部屋に入って夫人を待つ。
既に以心伝心状態にある夫人には、私が入室した時間が伝わったのか、ほとんど待つことなくいらっしゃった。
「マルティーヌ様。お早いですね」
「はい。約束の時間を待ちきれずに移動してしまいました。サッシュバル夫人。今日のお茶は先日のお茶会で最初にお出ししたものにいたしました」
「まあ。嬉しいですわ」
あの日、レストラン内で私たちの振る舞いを見守ってくれていた夫人にも同じお茶をお出ししていたのだ。
そしてレストランの従業員からの情報提供で、夫人がそのお茶を随分と気に入ったことを知り、今日お出ししたという訳だ。
まずはいつものように差し障りのない会話を楽しみながらお茶とお菓子をいただく。
喉が潤ったところで、ようやく本題に入る。
「マルティーヌ様。初めてのお茶会はいかがでした? お疲れが出ていなければよろしいのですが」
「はい。協力的なお客様だけの内輪のお茶会でしたので、会話に困ることもなく無事に終えることができました」
「そうですね。まあ今回のお茶会は開催する手順を一通り経験するという位置付けでしたからね。それでも参加された方は非常に満足されてお帰りになられたようです」
あら? そうなんですか? その情報はどこから?
「ふふふ。カッサンドル伯爵夫人が出発される前に、今回のお茶会の感想を書いた私宛の手紙をフロントに預けてくださっていたのです」
え? おば様が?
「実は、マルティーヌ様の招待状とは別に、私の方からも事前にカッサンドル伯爵夫人にお手紙を差し上げておりましたの。ぜひ忌憚のない感想をお聞かせいただきたいと」
そうだったんだ。社交って、こういうときに生きてくるんだね。
「食事とお菓子を殊の外ほめていらっしゃいました。実は私もあの桃のショートケーキを一切れいただいたのですが、本当に衝撃を受けました。ふわふわと軽くて今まで食べたことのない食感で感動いたしました」
あ! 三切れ余ったうちの一切れは夫人が食べたのか。
「そのようにお褒めいただけて嬉しいです。試作を重ねた甲斐がありました」
「マルティーヌ様は食事に関することには並々ならぬ思いで取り組まれますものね」
あ。ちょっと笑われている。
「はい。美味しいものには目がないもので……」
「コホン。他にも、ハーブのブレンドや森の散策といった変わった体験や、おしぼりという気遣いも素晴らしいと感想をいただきました」
おぉぉ。よかった。
「よかったです。ただ、色々と詰め込み過ぎてしまって、お客様に十分楽しんでいただける時間を取れなかったことは反省しております」
「そうですね。カッサンドル伯爵夫人ももう少しゆったりと過ごしたかったそうです。それと、途中でドーリング伯爵令嬢とちょっとした諍いがあったようなのですが、そちらは和解されたのでしょうか?」
あれか! ジュリアンさんの名前は伏せて、『諍い』として報告されたんだ……。
うーん。ルシアナが勝手に誤解して機嫌を損ねただけなんですけどねぇ。
「まだ少し誤解されているかもしれませんので、お手紙で再度ご説明しようと思います。また王都に行けばお会いする機会もあるかと思いますので、その際に改めてお話しさせていただこうと思います」
「そうですね。それがよろしいでしょう。マルティーヌ様」
「はい」
「マルティーヌ様がお茶会を楽しまれたことが、そのまま結果につながっているのですが、今回のお茶会は合格ですよ?」
「……! ありがとうございます」
「次は私も正式にご招待いただけると嬉しいですわ」
「はい! もちろんです」
夫人の慈愛に満ちた眼差しを見て、「あぁとうとう告げられるのだ」と覚悟した。
「これで私のお役目は全て終わりましたわ。マルティーヌ様。本当によく頑張られました。短い間でしたが私も楽しく過ごさせていただきました。王立学園では勉学と社交を両立させて励んでくださいませね」
「……はい。頑張ります。本当にお世話になりました。勉強だけでなく、世間知らずの私に貴族社会の常識を一から教えてくださって、本当に感謝申し上げます。王立学園では優秀な成績を修めることができるよう精一杯努力するつもりです」
半年ちょっとの間だったけれど、夫人との会話に無駄なことは何一つなかった。
心の底から感謝している。
「ただ社交については、まだ爵位に見合うだけの能力を身に付けられておりませんので、それだけが心配です」
「うふふ。あのダルシーがついているんですもの。何も心配いらいないわ」
わぁっ。最後に夫人が素を出した!
そして、あのダルシーさんを呼び捨てに!
「だ、ダルシー様は本当によくしてくださって――」
「まあ! うっふっふっふっ。ダルシーの前でもそんな風なの? もっと力を抜いて接していいのよ? 早く甘えられるようになるといいわね」
えぇぇっ? そんな日が来るとは思えないんですけど……。
◇◇◇ ◇◇◇
サッシュバル夫人からも、なるべく早く公爵に報告するよう促されたので、夫人から講評をいただいた後、すぐに手紙を認めた。
気をつけないと自慢だらけになってしまうので、落ち着いて事実を並べ、最後に夫人からの講評を添える。もちろんソフィアママの感想も。
きっと夫人からも、「よくできました」的な報告が上がっていると思うので、褒められはしないまでも、お小言はないと思う。
今日から新作の連載を始めました。
『私が間違っているのですか? 〜ピンクブロンドのあざと女子に真っ当なことを言っただけ〜』
ピンクブロンド第二弾です。(続編ではありません)
下にリンクを貼っておきますのでよろしくお願いします。




