170 マルティーヌのお茶会⑤
「コホン。まずはブレンドの前に、味のベースとなるハーブティーを飲んでみてください。先ほど話題に出ましたミントティーとレモングラスティーをご用意しております」
前回の公爵たちがいいリハーサルになったらしく、従業員たちがテキパキと二種類のハーブティーを四人の前に並べてくれた。
ちゃんと、「こちらがミントティーで、こちらがレモングラスティーでございます」って言い添えてくれている。
香りでわかるとは思うけれど、恥をかかせる訳にはいかないからね。
「まあ。いい香りね」
「うわあ。美味しい」
ソフィア母娘は本当に協力的で助かる。
でも確か、お茶会ってそういうものだったよね。招待されたお客側も、ホスト側の意向を汲んで協力するものって聞いたのに。
空気を読まずにぶち壊す人は呼ばれなくなるんだったよね?
「私の苦手な香りだわ。下げてちょうだい」
うわぁ。ルシアナママ……。まあ苦手なら仕方がないけれど、言い方!
でもここは我慢して下手に出ないとねぇ。
「失礼いたしました。ハーブが苦手な方もいらっしゃいますものね。ドーリング伯爵夫人には紅茶をお持ちいたしましょう」
ツンと顎を上げているルシアナママの顔には、「まあそれで許してやる」と書いてあった。
「では私たちは外に出て先ほどのテーブルで紅茶をいただきますわ。この部屋は香りがきつ過ぎますもの。……? ルシアナ?」
「え?」
「え?」
はい。ルシアナはなーんにも聞いていませんでしたよ? さあ、どうする?
「出るわよ」
「え? どうして?」
「ハーブのブレンドなど興味ないわ」
「え? ではお母様は外でお待ちになるのね」
「え?」
「私は完璧なブレンドを作って見せますわ」
「え?」
うわっ。ここにきて母娘のペアを解消するの?
間に入った方がいいのかな?
「あら……そう……じゃあ、好きになさい」
ルシアナママは一人だけ外で待つのは嫌みたいで、浮かしかけた腰を落として、そのまま席で待つようだ。
「紅茶をいただく」発言を聞いていた従業員が、茶葉の候補を挙げて「どれにいたしましょうか?」と接客をしてくれた。
いやー、助かるー。
こっちは一件落着したので、ブレンド体験をする三人の方を見ると、中央のテーブルにかぶりつき状態になっている。
テーブルの向かいにいるジュリアンさんの真ん前にルシアナが陣取っているので、ソフィア母娘の間に割り込んだ格好だ。
なんか……なんだかなー。
「ではレモングラスをベースに、少し酸味を足してみましょうか」
ジュリアンさんがそう言って赤いローズヒップに手を伸ばしている。
私たちギャラリーは、ただ彼の手先を見ているだけでいいのに、ルシアナがわざとらしく、「こちらですね?」とテーブルの上に用意されていたローズヒップへシュパッと手を出した。
ルシアナの計算した通り、ジュリアンさんの手がルシアナの手に触れた。
「きゃっ」
ルシアナが恥ずかしそうに手を引っ込めて俯いた。
おいっ! バレバレだぞ!
手と手が触れて「きゃっ」なんて、「漫画かよ!」ってツッコみたくなる。
ルシアナってこんなキャラだっけ?
ソフィアとソフィアママも目が点になっている。
もう、ジュリアンさんに申し訳ないよ。何てことしてくれてんの。
「ジュリアンさん――」
私がルシアナに代わって謝ろうとしたのに、ジュリアンさんの方が、「大変失礼いたしました」と謝ってくれた。
「いいえ。構いませんわ」
余裕綽々で微笑んでいるルシアナが憎たらしい。
「どうぞ、続けてくださいませ」
腹たつぅ。
それでもジュリアンさんは笑顔のままで説明を続けてくれた。
「ローズヒップは色も綺麗ですが、健康に良いので愛飲されている方が多くいらっしゃいます。ブレンドの割合はお好きなようにされればよいのですが、今ブレンドした割合を試されてみたい方はいらっしゃいますか?」
「それでは私が」
誰にも譲らないとばかりに、ルシアナが食い気味に申し出た。
ジュリアンさんも苦笑いしているよ。
ルシアナはジュリアンさんからブレンドしたハーブを受け取ってから、それを従業員に渡した。
従業員がポットにハーブを入れ、お湯を注ぐ。
数分蒸らす間、ジュリアンさんがローズマリーやタイムなどを小皿に出して、順番に香りを嗅がせてくれた。
私とソフィアが、「スッキリするわね」などと感想を言い合っていると、ルシアナがジュリアンさんに対してグイグイと距離を詰め始めた。
「ジュリアンさんはフランクール公爵家に滞在されていらっしゃるのですか?」
「ええ。自由に研究させていただいております。ああ、先ほどのハーブティーができたようですね」
従業員がカップに注ぎ始めた。
「お一人でお暮らしなのですか?」
「ええ」
「ちなみにご結婚はまだですの?」
「え? ええ。まあ」
「あら。ではご婚約もまだなのかしら?」
「……」
ちょちょちょちょちょっとぉー!!
ルシアナが積極的過ぎて怖いんですけどぉー!!
ってか、失礼すぎるでしょ! もう強制退場させたい!
あの仏のジュリアンさんが苦笑いしているじゃないの。
ここは、「ご質問はハーブに関することのみとさせていただきます!」って、私が制するところか?
「コホン。ルシアナ様。まずはジュリアンさんがブレンドされたハーブティーをいただきましょう。ブレンドの参考になるはずですわ」
いや、無言で睨まれても!
「ジュリアンさん。お湯を注げば二杯目も美味しくいただけるのですよね?」
「ええ。大丈夫だと思います」
お! ソフィアママが察してくれた。
「では私たちも試飲させていただきましょう。先ほど拝見した割合の味を確認して、自分たちのブレンドを考えればいいわね。ソフィア。あなたもこちらで一緒にいただきましょう」
「は、はい。お母様」
いつもなら憤然とルシアナに立ち向かっていくソフィアも、さすがに戸惑っているみたい。
そもそもルシアナ自体がいつもの彼女じゃないものね。
……はぁ。ジュリアンさんには隣の調合室に避難してもらった方がいいかなぁ。
もう大体わかったよね?
現実逃避をしたくなって外へ視線を向けると、ローラから合図が出ていた。時計を見ると三時前だ。あっぶな。本当に時間を忘れちゃうな。
ローラには三時と三時半になる前に知らせてほしいとお願いしていたのだ。
三時には、各自がブレンドしたお茶を飲み始める予定だったのでオンスケジュール。よしよし。
「で、では、この後はご自由にブレンドしたお茶をお楽しみください。お湯はたっぷり用意しておりますので、試したいブレンドが出来ましたらおっしゃってください。すぐに試飲の準備をいたします。またブレンドされたハーブはそのままお持ち帰りできます。ジュリアンさん。お手伝いありがとうございました」
一応、ホストらしく締めくくってから、私はルシアナに背を向けて、ジュリアンさんと一緒に調合室に入った。




