166 マルティーヌのお茶会①
六月になり、あっという間にお茶会の日がやってきた。
「マルティーヌ様。リボンはどのお色になさいますか?」
「そうねぇ。やっぱりドレスと同じ色かしらね」
「かしこまりました。こちらはドレスと同じ生地だそうですから間違いございませんね」
ローラが水色のリボンを持って、なぜだか嬉しそう。
今日もローラとメイドの二人がかりで、パーティーに出るとき並に支度をしてもらっている。
ソフィアは髪色と同じ薄桃色の、ルシアナも金髪に合わせた黄色のドレスを着て来るらしい。
私は髪色に合わせると地味になってしまうため、デザイナーから、最初は瞳の色に合わせて黄色味の強い黄緑色の提案をしてもらった。
でもローラがブンブンと顔を横に振り、「もっと落ち着いた淑女らしい色を」ということで、結局薄い水色に落ち着いたのだ。
そういえば王都のマルティーヌの部屋にあったドレスには、三歳児用のドレスに黄緑色があったくらいで、五、六歳用のドレスは見事にパステルカラーだらけだった。
この世界の貴族令嬢は早熟だもんね。さすがに黄緑って子どもっぽ過ぎて女性らしくない。
ちなみにローラの希望で、胸やドレスに白いフリルがあしらわれることに……。
別にいいんだけど。ローラは可愛らしさも出したいのかな?
とにかく事前の協議で、とっておきの一着が互いに被らないようにと使用するメインの色の協定を結んだのだ。
これはサッシュバル夫人のアドバイスによるもので、内輪の少人数のお茶会だからできたこと。
本格的なお茶会や夜会ともなれば、どの家がどのドレスメーカーでどんなドレスを仕立てるのか情報合戦になるらしい。
あえて偽情報を掴ませたり、三店舗で二着ずつ作ったりとか、とにかくいかに他人を出し抜くかの勝負が繰り広げられるのだとか。
もうやだ、怖い。大人になりたくないよぉ。
「マルティーヌ様。いかがでしょうか」
遠い目をして、しばし現実逃避をしていたら、いつの間にやら全部終わっていた。
「……わぁ素敵。片方だけリボンを編み込んでくれたのね」
「はい。リボンがかなり余ったので」
時計を見ると一時過ぎだった。
十時のお茶をやめて、十一時に軽めの食事をしたあと支度を始めたので一時間半くらいで完成したことになる。さすがだね。
お茶会は二時からなので、ソフィアたちはもうオーベルジュに着いているかもしれない。
遅くても一時間前には来るだろうから、お客様を待たせているみたいで申し訳なくなる。
一応、男性従業員が大通りの曲がり角に立っているので、そのまま通り過ぎることはないと思う。
貴族の馬車を見かけたら、大きく手を振って御者に合図し、右へ曲がるよう誘導してもらうのだ。
ふふふ。
そしてそして! 遠くからでも見えるように曲がり角に看板を立てたので、御者の目にも留まるはず。
『オーベルジュ』と大きく書いた下に、右向きの矢印が書いてある看板だ。
ちなみに『領主館』と書いた看板も、真っ直ぐ進行方向に矢印を書いて隣に立てている。
それに、オーベルジュの敷地の道路に面したところにも、一般客が入ってこないよう、『貸切営業につき休業』という案内板を立てている。
賓客がいるので、今日と明日はレストラン営業は休業にした。
ソフィアたちが帰った後は、『営業中』と『営業終了』を出しておく運用を始める予定。
早くソフィアに会いたいなぁ。部屋を気に入ってくれるといいなぁ。
今日はマルコムだけじゃなくレイモンも応援に行ってもらったので、招待客は到着次第、丁寧にお部屋に案内されているはず。
うん。きっと大丈夫。
「じゃあ私もそろそろ出発してもいいかしら?」
「そうですね。レイモンさんから一時半を過ぎてから到着するよう言われておりますので、もう大丈夫だと思います」
そうなんだよね。ホステス役としてはお出迎えしたいところなんだけど、今日のお客様は、伯爵夫人と伯爵令嬢――つまり、伯爵である私が序列トップになるのだ。
なので、お茶会の会場となるオーベルジュの中庭に全員が揃った後に、最後に私が登場するのが筋らしい。
十二歳の子どもでも爵位を持っているとそれだけ偉いんだよね。うーん。やっぱりまだ慣れない……。
◇◇◇ ◇◇◇
オーベルジュに到着すると、プール側のテーブルに全員が着席しているのが見えた。
向こうからも丸見えの登場は、なんだか滑稽な気がするけれど、全員貴族だからそういうのは見て見ぬふりをしてくれる。
今日はシェリルとリエーフの贅沢な二人警護体制だ。
私がシェリルの手を借りて馬車から降りると、全員が立ち上がった。
うへっ。やり過ぎじゃない? たかがちびっ子伯爵だよ?
あー、でもあれか。内輪とはいえ、貴族社会の正式な社交だった。
サッシュバル夫人はお茶会には参加せず遠くから見守ると言っていたけれど、どこにいるんだろう? あ、店内にいる!
ふう。今こそ公爵邸で学んだ表情筋セットを活かさなくては!
まずは、『微笑』をセット。
テーブル近くまでしずしずと歩いて行く。
「皆様、本日は遠路はるばるお越しいただきありがとうございます。さあ、どうぞお掛けになって」
私がそっと手を差し出してそう言うと、全員が優雅にドレスを捌いて着席した。私も負けていられない。
いつもはプール側には四人掛けの丸テーブルが四つ配置されているけれど、今日は六人掛けの大きな丸テーブルに変更している。
テーブルの左右に分かれて母娘で座っているので、私はちょうど真ん中の席に座る。
「モンテンセン伯爵にお招きいただき大変光栄に存じます」
ソフィアのお母さんが最初に口を開いた。とっても優しい眼差しに緊張が少しほぐれた。
「私のことはどうかマルティーヌとお呼びくださいませ。皆様もどうかそのように」
私がお決まりのセリフを言うと、ソフィアが笑いをかみ殺すように、「マルティーヌ様。私のこともどうかソフィアとお呼びくださいませ」と続いた。
「ありがとうございます。ソフィア様」
私とソフィアがアイコンタクトを取っていると、遅れまいとルシアナも参戦してきた。
「では、私のこともルシアナとお呼びくださいませ」
相変わらずツンと顎を上げている彼女を見ると、ちょっと笑ってしまいそう。
記憶の中のまんまじゃん!
ここで五人揃ってよそ行きの笑顔で互いに見合っていると、男性使用人が三人、それぞれの担当に紅茶をサーブしてくれた。
テーブルにはすでに軽く摘めるサンドイッチや焼き菓子が並べられている。そして私が考案したことになっているおしぼりも!
こっちの世界では食事時にもおしぼりが出ないからストレスが溜まっていたんだよね。
オーベルジュでおしぼりの提供を始めるとたちまち大好評になり、周辺のレストランでも真似をするところが出てきたとか。うふふふ。
「今日の紅茶はオレンジのフレーバーを効かせてみましたの。お口に合いますかしら?」
私がそう言って勧めると、口々に、「まあ楽しみですわ」とか、「いただきます」とか言いながら飲んでくれた。
そしてお決まりの褒め合いが始まったので、一通り聞いて全員に向かってお礼を言う。
四人がお菓子に手をつけてくれたところで、従業員に、更に自慢の一品を投入する合図を送る。
お茶会のためにとっておきのスイーツを作ったからね。
次にくるライトノベルのエントリーが始まりました。
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