160 ソース開発
嵐のようにやって来た王太子一行が去った後、どうやら張り詰めていた気持ちがビヨヨンと緩んだらしく、少し体調を崩してしまった。
それでも去年のように発熱することがなかった分、成長したんだと思う。
背も伸びたことだし、もうお子ちゃまは卒業かな。
オーベルジュは順調そのもの。
レストランのプレオープンが終わり、一日休業して二日後から正式にオープンとなった。
掲示板に目立つようにレストランのオープン(ランチ営業)案内を掲出したところ、裕福な商人たちが取引先を連れて連日訪れてくれているらしい。
渋い顔のレイモンを無視して、新聞受けのような木箱の中にフリーペーパーの案内チラシを入れておいたら、二日で無くなったと報告があった。
オーベルジュは大通りからは少し入ったところにあるけれど、建設中から注目の的だったらしく、大通りからKOBANまでを石畳に誘われるかのように歩く人が多いらしい。
レストランを使用しないまでも、ハーブティーのブレンド体験は女性を中心に人気らしく、ホール担当から一人常駐で対応してもらうよう変更した。
人員については予期しない副産物があった。
カントリーハウスの使用人たちにオーベルジュのレストランを体験してもらったことで、レストランの従業員たちは仕事に慣れることができ、利用した使用人たちからは、『楽しそうな仕事』『制服が可愛い』というクチコミが広がり、追加で男性四人と女性六人を採用できたのだ。
これで宿泊が始まっても三シフト体制で回せるし、観光案内所のカウンター業務も交代でできるようになった。
ワークショップコーナーの常駐は言わずもがな。
ただ既に入寮希望者が十四人に達しているので、寮の部屋が早々に埋まりそうでちょっとだけ心配。
ちなみになんだかんだでKOBAN一階の観光案内所もなし崩し的にオープンしてしまった。
宿泊予約が入り始めたので仕方がなかったのだ。
まだ正式にフロント係を置いていなかったため、宿泊予約は観光案内所のカウンターで、午前九時から午後六時まで受け付けることになった。
レストランを利用した客が、宿泊できると聞いてすぐにでも予約したいと言い出したのがきっかけだけど、まさかお茶会後の予約がこんなにも早くも埋まっていくとは嬉しい誤算だ。
もうフル回転の予感!
評判を聞きつけて他領からもお客様が来てくれるといいな。
観光案内所の壁面の特産品コーナーにはまだ商品が並んでいないけれど、オーベルジュの専属料理人のハンスがアルマのレシピを完全再現できたら、日持ちのする焼き菓子を焼いてもらって早々に販売する予定。
ケチャップはトマトの収穫を待ってからになるので、まだしばらくは大量生産できない。
――そう。ケチャップは無理なのだ。なので、今できるのはソース開発。
レストランの厨房の横には、ケチャップ製造とソース開発のための専用の厨房施設がある。
互いの厨房を行き来できるようにはしてあるけれど、まずはロディにはここでソース開発に専念してもらう。
完成の目処が立つまではアルマにも通ってもらって二人で試行錯誤してもらう予定だけど、これっばっかりはなぁ……。
マヨネーズみたいにレシピを知っている訳ではないので、本当に数少ないヒントから私の望むゴールに彼ら自身の力で辿り着いてもらうしかない。
私からは、『果物や野菜の旨みに、酢や砂糖、塩などで味付けをしたもの』としか説明できていない。
ピリッと引き締まった味は、それこそハーブや香辛料を使っているのでは? と思うけれど定かではない。
アルマには、ケチャップを作るのと同じ要領で、トマトだけでなく他の野菜や果物も煮込んで味を凝縮させてから調味料を加えていってほしいとお願いしている。
おそらくトマトとか人参とかセロリあたりが入っていそうなイメージなんだけどね。
甘味はりんごとか玉ねぎとかかな?
こちらも結局はトマトが必要になるので、まずは在庫のケチャップに何らかの旨みが加わった、ちょっとした味違いの商品が生まれればいいなぁ――くらいに考えている。
厨房は、昼食と夕食はハンスが、朝食はロディが担当し、ホール担当が二、三人補助すれば回せることがわかったので、昼のピーク時間以降は、ロディにソース開発をしてもらうことにした。
ロディにしてみれば、見習いの自分が下ごしらえもせずに優雅に実験するなんて――と気後れすると思い、ハンスから直々に、私の考えを尊重して気にしないようにと話をしてもらった。
二人ともに申し訳ない気がするけれど、何事も始めないことにはわからないからね。
もちろん私も、レストランの正式オープンの挨拶の後、すぐにソース開発の厨房に入り、アルマとロディに無茶振りを謝りつつ、あなたたちならできると鼓舞した。
「色も味もケチャップとそれほど変わりがなくていいの。野菜や果物にはそれぞれ特有の『味』があるでしょう? それらが融合することで深みのある味わいがでると思うのよ。ケチャップは少しだけ甘味が前面に出ていると思うけれど、ソースは、あくまでも甘味はベースで、どちらかといえばほんの少し酸味が前面に出る感じかしら?」
最後が疑問系になってしまうあたり、アルマが苦笑するのも無理はない。
自分でも首を傾げたくなるもの。
「それでは香味野菜やにんにく、生姜など、下味に使うようなものも色々と使ってみて、野菜と果物を味わい深くなるように煮詰めてみますね」
「そうね。まずはそんなところからかしらね」
「味がまとまったら微調整ですね」
「そうね。裏の畑にあるハーブは好きに使ってもらっていいし、香辛料も用意するので試してみてね」
「はい」
ええと。アルマと二人で喋っている感じになっちゃったけど。
「ロディ。なんだか雲を掴むような話で不安にさせたかもしれないけれど、あなたには自分の舌を信じて好きなように挑戦してほしいの。スープのブイヨンも野菜の旨みを凝縮したものでしょう? 違うのは、ブイヨンよりももっともっと濃い味で、野菜や肉料理にかけると味が付け足されて更に美味しくなるという点よ。まあ、まずはアルマと一緒にやってみてちょうだい」
「はい。頑張ります」
ロディは少し緊張した様子でそう答えてくれたけれど、目に力がこもっていたのでやる気があるのは間違いないと思う。
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