155 てんてこ舞い
「本当に本当に、くどいですが本当に至らない点が多々あっても見逃していただけるのですね? ご満足いただけなかったとしても――」
「ああ。私が保証する」
「ああ、でも。ちょっと待ってください。今回は特別に、フロントはとりあえず殿下がお発ちになるまで常駐させますので何かあればお申し付けいただいて結構ですが、本来の営業時間は朝の六時から夜九時までなのです。朝お湯をお持ちするのも六時以降と決めているのですが、殿下にうちのルールを押し付けてもよいものなのでしょうか?」
公爵が話は以上だと言わんばかりに腰を浮かせかけたので、聞いておきたいことを畳み掛ける。
逃がさないよ。
「ああ、もちろんだ」
「それに。客室に呼び鈴はございません。何かございましたら続き部屋にいらっしゃる従者か護衛の方にフロントまでお越しいただく必要がございます」
「そういった留意点は客室にご案内した際に従者に伝えればよいだろう」
従者? ……あ。
「あの。ところで見慣れない騎士の方は殿下の護衛の方でしょうか?」
「ああ。従者でもある。さすがに最小限の護衛は常に連れていらっしゃるからな」
従者兼護衛か。
「承知しました。ちなみに殿下の護衛の方は夜通し警護にあたられますよね? そうすると四名では足りないのではないでしょうか」
人員の相談をディディエにしていたとき、護衛騎士の仕事について聞いたことがある。
前世と違って、夜勤をしたからって翌日に休むことができない世界なのだ。
野営の際は、交代しながら三、四時間の睡眠を取るだけなので、三日以上の行程はかなり体力を削られると言っていた。
「彼らは精鋭中の精鋭だ。数時間の仮眠を取れば問題なかろう」
ブラックに慣れ過ぎなんですよ、この世界の人たちは!
「幸い女性騎士を一人採用したことですし、建物の周辺警護にうちの騎士を二名応援に出します。殿下の客室のドアの前はお連れの方々で交代されるというのはいかがでしょうか?」
「ふむ。そうしてもらえるなら随分と助かるだろう。私から進言させていただこう」
じゃあ、私の方は急いで伝令を飛ばさないとね。
急だけど夜九時から朝六時までディディエとマークに働いてもらおう。
夜勤明けはしっかり休むことも言いつけないと駄目かもね。午後三時までは労働禁止だね。
「リュドビク様。私は従業員たちに諸々指示をする必要がありますので、殿下のお相手はリュドビク様にお任せしてもよいでしょうか?」
「構わぬ。もとよりそのつもりだ」
「では、きちんとご挨拶もしておりませんが、私はこのままここに残ってお部屋の準備等に取り掛かります」
「承知した」
さすがにまだ慣れていない従業員に貴族への給仕は難しいので、レイモンがテーブルについてくれている。
「ローラ。ごめんなさいね。こんなことになってしまって」
「何をおっしゃいますか。私はマルティーヌ様が心配です。完璧な状態でオープンできるように頑張っていらっしゃいましたのに。まだ正式に営業を始めていないうちにこのような試練が……。屋敷の使用人も数名呼びますので、何でもお申し付けください」
「ありがとう」
とりあえず、今頭に浮かんでいることは指示してしまおう。
まずは大急ぎで部屋の清掃をして、リネン類には細心の注意を払って多めにセッティングしてもらう。
水差しやティーセットを持っていったら、部屋の備品を一つ一つチェック表を使ってチェックしてもらわなきゃ。
あ、ハンガーは少し増やしておいた方がいいかな。
枕は二種類が標準セットだけど今からは増やせないので、合わなくても我慢してもらうしかない。
フロントはマルコム一人で大丈夫かな? いきなりの夜勤なんて酷いよね。後でレイモンに相談しよう。
一応カウンターの奥に休めるような小部屋はあるけれど、もう少し広げてベッドを置こうかな。
宿泊客に提供したメニューと食事の様子も記録することにしていたけれど、さすがにそこまではできそうにないな。
まあ王太子が馴染客になる訳がないので省略だね。
他には? 大丈夫か本当に?
とにかく予約なしの飛び込みな訳だし、料金はしっかりぼったくってやろう。