153 プレオープン
ついにオーベルジュが完成した!
建物自体も完成し、必要な備品も揃い制服も納品され、いつでも営業できる状態になった。
うっふっふっふっ。
さすがに何もかも初めて尽くしなので、手探りで営業を始めるのは怖い。
従業員たちが慣れるまで、プレオープン期間ということで五日間、カントリーハウスの使用人たちを数人ずつグループ分けして招待することにした。
ハーブティーのブレンド体験もやってみてもらって、レストランを使用した感想などをフィードバックしてもらうのだ。
初日の今日だけは私も経営者の立場であれこれ指示することになった。
当面はレストランのランチ営業だけなので、繁忙時には手伝ってもらう予定の宿泊チームもホールのシフトに入ってもらう。
テーブルセッティングは問題なし。
従業員の身だしなみもオッケー! やっぱり制服が可愛い!
前世ならもうちょっとスカート丈を短くするところだけど、この世界じゃ膝下十センチくらいになっちゃうんだよね。
この日のために作ったイーゼルには、早速ヴィッキーにお勧めメニューを書いてもらった。
よっし!
あー、グレンがソワソワしている。
「グレン。大通りの方をジロジロ見ちゃ駄目よ。そうね……この辺りに立っていて。お客様が馬車でやって来たところから本番だと思ってね。馬車が止まってお客様が全員降りられたら、そっと駆け寄ってね。この後レイモンが数人連れてやって来るはずだから、他領から遠路はるばるやって来られた方たちだと思ってお迎えしてね」
「はい。御者の方に馬車を停める位置までご案内してから馬は厩舎に、御者の方は別棟の使用人用の客室までお送りすればよいのですね?」
「そうよ! 今日のところは部屋の前まででいいから。本番はフロント係と連動してちゃんと鍵を渡してね。使用人の皆さんの噂話は侮れないから、気持ち良く過ごしていただきたいの」
「かしこまりました」
さあ、みんな練習通りに挨拶できるかな。
三十度のお辞儀に「いらっしゃいませ」だからね。
初日はやっぱりあたふたして終わった。
厨房は専属料理人のハンスとアルマで回してもらったところ、見事に回らなかった。
急遽ホール係から一人、厨房の補助に入ってもらった。
レイモンからは接客について辛口の意見をもらった。まあ言われなくても私が体感した。
まず、従業員の接客が固い。口が回っていない。みんな噛み倒していた。
注文票の並べ方も間違えて前後しちゃったし、盛り付けも忙しくなると乱れていた。
テーブルチェックの有無も確認に手間取っていたので、慌ててテーブルの担当制を導入したりして、とても合格ラインには達していなかった。
レストランの喧騒に引き換え、意外にもハーブティーのブレンド体験の方はのほほんとしていた。
まあ好きにハーブを選んだら、各自ポットにハーブを入れ、接客担当のエディにお湯を入れてもらって蒸らす。
モンテンセン伯爵領の薬師見習いこと、ジュリアンさんの一番弟子のエディには、オーベルジュ裏の薬草とハーブの管理をお願いしている。
カントリーハウスの裏の薬草畑は念の為厩舎チームに土の渇き具合を見てもらっているけれど、一日おきにエディがチェックしているので問題ないと思う。
ワークショップエリア――と言っても誰にも伝わらないので、『ブレンド体験の部屋』とか『ハーブティーの部屋』と呼ばれている部屋を外から見ていたけれど、やっぱり女性の方が食いつきがよかった。
というか、男性は並べられたハーブの説明書きを読んでいるふりで、何をどうしたらよいのかわからず手持ち無沙汰でずっと部屋の中をうろうろしていた。
私に、「隣のハーブティーのブレンド体験もぜひやってみてね」と言われてやって来たものの、どのタイミングで退出していいかわからないみたい。
うーん。ここはアテンドする人間が気を利かして声をかけないといけないかもね。
エディにも、それほど興味を示さなかった人には、そのまま外に出てもらって構わない旨を伝えるように言っておこう。
そんなこんなで二日目は少しだけマシになった。
でも食材の在庫管理を指示していなかったから午後に品切れ食材が出てしまったし、三日目以降の発注がしっちゃかめっちゃかになってしまった。
これは閉店後の作業マニュアルにちゃんと書いておくことにした。
そして迎えた三日目。
今日は、私とローラが客として訪問するのだ。
今日は貴族としてバシッと決めるからね!
オーベルジュに到着すると、手の空いたホールスタッフがエントランス前で、深くお辞儀をして出迎えてくれた。
そして驚いたことに、声を揃えて、「ようこそいらっしゃいました」と気持ちのいい挨拶をしてくれた。
これは、多分、だいぶん練習したんだろうなぁ。オーナーは嬉しいよ!
「ありがとう」
一応、優雅にお礼を言う。
「お席にご案内いたします」
私が馬車を降りる前に、ちゃんと担当を決めていたみたい。よしよし。
「こちらのテーブルでいかがでしょうか?」
「結構よ」
プール際の中央のテーブルに案内してくれた。
あ! グレンがプールに花を浮かべてくれている!
注文をした後、向いに座っているローラにこっそり聞いてみる。
「今のところどうかしら?」
「見事に良くなっていると思います。レイモンさんがマルコムさんと一緒にマナー特訓をされたみたいです」
「そうだったの?」
運ばれてきた料理を堪能し、デザートを食べ終えたところに、予定外の馬車が到着した。
「あら? 今日は私たちで最後のはずよね?」
「はい。そのはずですが」
なんと馬車から降りてきたのはレイモンだった。
バッチリ目が合った。
レイモンが、彼らしくない早歩きで一直線に私に向かって歩いて来る。
え? 何? 何? レストランで食事をした後、誰かがお腹を壊したとか言わないよね?
「マルティーヌ様。大変です――」
「大変」って言った! えー嫌だ。聞きたくなーい。
「コホン。何が起こってもマルティーヌ様に責任を問わないと確約されておりますので――」
……は?
ちょ、ちょ、ちょっと、何が起こるっていうの?!
「お召し替えの時間があればよかったのですが――」
レイモンが機能していない。
さっきから独り言みたいにブツブツつぶやくだけで、肝心なことを何も教えてくれないんだけど?
「ま、マルティーヌ様――」
もう、ローラ! 今度は何?!
レベルが上がったはずのローラが大通りの方を見て慌てているので、そっちを見てみると、見慣れた馬車がこちらに向かっていた。
……へ?
まさか、公爵? あれは公爵家の馬車だよね?
馬車を二人の騎士が先導しているみたいだけど。
それにしても何で? 明後日じゃないの?
プレオープンについてはちゃんと公爵に報告して、社交辞令で「ぜひ遊びにいらしてください」と伝えたら、最終日の五日目にレストランを利用したいって返事をくれたよね?
急な予定変更?
早馬の先触れを受け取ったらしいレイモンがさっき来たところだよ?
全く先触れになっていないじゃない! こんなの不意打ちの来訪と一緒だよ!
「レイモン。ローラ。きっとリュドビク様は我慢できずに押しかけて来たんだわ。もう。仕方がないのでお出迎えしましょう」
私がキリッと指示をしたのに、レイモンはため息をついて首を横に振っている。
もう、何なの? 私、何か間違ってる?
それでも馬車が止まるであろう場所の前に、私、少し下がったところにレイモン、ローラと並んで待った。
……あ。馬車の後ろにも騎士が二人いた。今更護衛付きで来たの? しかも四人も引き連れて?
まあ、いいけど。
馬車のドアが開いたので、少し盛った微笑を作る。
……は? えーと。どういうことかな?
まあ、パトリックは一緒に来るかもしれないと想定していたよ?
でも、公爵に続いて馬車を降りた光り輝くお方は王太子だよね?
うぉぉーいっ!!
今日はまだプレオープン三日目なんですけど?!




